澄んだ青色に手を伸ばす。
拒まれたことはなかったけれど、いつも指を引っ込めた。
不思議そうに首を傾げて、どうしたんだい、と問う声がする。
その音が、好きだった。
─ cornflower blue ─
鉛を仕込んだ軍靴の音。
石造りの床をカツカツ叩いた。
近付く気配に気付いてはいたのに、
逃げることも隠れることも出来なくて。
「花白?」
呼ぶ声が、聞こえる。
頭の、すぐ上から。
「眠れないのかい?」
優しい響き、甘い声。
軍人らしからぬ白い手が伸びてきて、
髪をくしゃくしゃと掻き乱した。
「……べつに」
灰名こそ、どうしたの。
こんな遅い時間に、城をふらふらして。
問いを投げれば柔らかく笑って、乱れた髪をそっと撫ぜた。
「陛下と話をしていたら、つい長引いてしまってね」
くすりと零した吐息に混じる、ほんの僅かな酒の匂い。
よくよく見れば頬が紅くて、頬に触れた手も熱かった。
「こんなところに居たら風邪を引いてしまうよ」
「……そっちこそ」
あたたかな手のひらを押し退けて、早く帰れと軽く睨んだ。
酒のために火照った頬の色が、いやに鮮やかに目に映る。
熱でもあるんじゃないかと、勘ぐってしまうくらいに。
「花白」
「なに、っ」
するり、背中に腕が回され。
視界が一気に狭まって、酒の香が鼻先を掠めた。
「……灰名、」
「うん?」
「酔っ払いは、とっとと帰れ」
「手厳しいな」
くすくすと笑う。吐息を零す。
けれど腕が緩むことはなくて。
抗おうという気力も失せて、その胸元に顔を押し付けた。
泣き腫らした目を隠すには丁度いい。
穏やかに見えて凛とした色。
冷たそうで温かな、あの青色に焦がれたけれど。
伸ばした指先を緩く握って、いつもいつも触れられずに。
心の奥底を見透かされるようで怖かった。
血に塗れた姿を見られたくなくて、唇を噛んで俯くばかり。
けれどちゃんと認めて欲しくて、気付かれないようこっそり見上げた。
どこまでも穏やかな水底の色が、今は竦むくらい近くにある。
飲み込まれて、しまいそうだ。
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