厄除けでなく、願掛けでもなく、
ただ戯れに伸ばしていただけの邪魔臭い髪をばっさり切った。
押し当てた刃を引く度に、軽い色が足元に散る。
ウンと短く切れるだけ切って、鏡の中には不細工笑顔。
雨でもないのに頬は濡れ、滴り落ちてはぱたりと鳴いた。










─晴れた空、泪雨─










鼻歌交じりの子守唄。
歌詞も朧な旋律を、ただぐるぐると繰り返す。
曖昧な部分は誤魔化して、知ってるとこだけ高らかに。
誰も、聞いちゃくれないけれど。

さくり、下草を踏む足音と、隠しもしない気配がひとつ。
ゆるゆる開いた両目に映る影で仕立てた黒装束。

「なに、してるの」

問い掛ける響きを持たない言葉が、ぽん、と軽く投げられた。
相手の手には白い花。
ツンと澄ました余所行き面の、香気のキツイ百合の花。

「べつに、なにも?」

寝転んだままで答えを返す。
花白の顔がくしゃりと歪んだ。
頬を染めて怒鳴るだろうか、それともこのまま泣き出すか。
ぼんやり浮かんだ予想を裏切り、眉尻を下げた笑い顔。





スイ、と伸ばされた白い手。
目で追って、首を傾げた。

「……なに……?」
「暇してるんでしょ。付き合ってよ」

返事を待たずに手を取られ、きゅっと指先に力が篭る。
強く引かれて起こされて、二本の足で渋々立った。

ちらりと見遣る大行列。誰も彼もが黒尽くめ。
蟻んこみたいで気味が悪くて、すぐに視界を閉ざしたけれど。





「っ、あれ」
「なに」

逆方向に歩き出すから、いいの? なんて問いを零した。
キョトンと一瞬目を瞠り、心底嫌そうな顰め面。
手にした花を放り投げ、出来損ないの笑顔を作る。

「誰が行ってやるもんか」

アンタだって行く気はないんでしょ。

決め付けるような口振りにも、自分勝手な歩調にも、
文句は言わずに薄く笑った。
あたりまえでしょ、なんて言いながら。





「髪、切ったんだね」
「うん、似合う?」

首を傾げて、笑みを作って。
走る痛みは知らぬ振り。





「……ぜんぜん」





哀しそうな顔で笑う。
立ち止まって、手を引いて、
ひとまわり小さな手のひらで、手首に触れてそっと撫ぜて。

「あとで、ちゃんと整えてあげるから」

じくじくと未だ痛むそこに障らぬ程度に重ねられた手のひら。
花白の体温が流れ込むようで、そこだけなんだか温かい。





「だから、もう切っちゃだめだよ」





泣き出しそうな笑顔で言うから、
わかったよ、って答えるしかなくて。
ああもうどうしたらいいだろう。
見てられなくて仰いだ空の、その色彩に目を焼かれた。










皮肉なくらいに晴れた空。
見送ってなんか、やらないよ。











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