つまらないことで喧嘩した。
どうにも怒りが収まらなくて、捨て台詞吐いて逃げてきた。
部屋に飛び込み鍵掛けて、扉に背預け膝を抱く。
言わなきゃ良かった、なんて後悔、今更したって遅いのに。










─笑顔創造請負人─










トトン、コンコン。ノックが響く。
ほんの少しだけ顔を上げて、抑えた声で「だれ」と問う。
思った以上の涙声。喉が凍って引き攣るような。
情けないやら悔しいやらで、じわりじわりと涙が滲む。

「名乗るほどのもんじゃないけど」
「……何しに来たんだよ、おっきいの」
「んー、と」

おまえに笑顔を持ってきた、とか……?
僅かに語尾が上を向く。
疑問符混じりに言うんじゃないと、吠える気力も今はない。

「あっち行けよ」
「そういう訳にも行かないんだよネ」
「いいから行けって」
「やーだ。ってかココ寒い! ねぇ、入れてよ」

かりかりと扉を引っ掻く音。爪で刻む軽快なリズム。
そんな猫じゃあるまいし。
馬鹿じゃないのと言い掛けて、
ふつりと沸いた苛立ちのまま口を開いて言い放つ。





「僕に構うな! とっとと消えろ!」





裏返る声で怒鳴るよに。
再び顔を膝に埋め、両手で耳をきつく塞いだ。
そこにいられたら泣けないじゃないか。

必死に殺した嗚咽の向こう、塞いだ耳の隙間を縫って、

「うっわ、どうしよ。傷付いた」

いかにも嘘くさい台詞が聞こえる。
続いて耳に忍び込むのは喉に痞えるくぐもった声。
ひくりと小さくしゃくりあげ、どうしよう泣きそうだ、と告げてくる。

「なんでアンタが泣くんだよ……!」
「だ、って……花白……消えろ、って」

えぐ、と子供じみた泣き声響く。
思わず仰いだ扉の向こう、頭をぶつけたらしい音。
ゴンと鈍く、ずるずる落ちて。しゃくりあげる息遣い。
時折ぐずぐず鼻を鳴らすから、つられるみたいに涙が流れた。





扉を挟んで背中合わせ。
しゃっくり混じりの泣き声ふたつ。
高く低く響いて消えて、湿っぽいったらありゃしない。





どうにかこうにか落ち着いて、ちらり扉に目を遣った。
躊躇い躊躇い手を伸ばし、鍵をそっと開けてやる。
入ったら……? と小声で告げても、向こう側から返事はない。
沈黙ばかりが鎮座して、ウンともスンとも言いやしない。
どうしたんだろうと首を傾げ、思い至って息を呑む。

「っなんだよ……!」

待てど暮らせど言葉は返らず、苛立ち紛れに扉を殴る。
いなくなるならいなくなるってちゃんと言ってから消えろよな!
理不尽極まりない八つ当たり。力を抑えた不完全燃焼。
本気を出したらこんな扉なんて粉々になってしまうから。

ゴン、と額を打ち付けて「なんだよ」とまた呟いた。
治まったはずの涙が滲む。鼻の奥がツンと痛い。
次々溢れて頬を伝って、顎の先からぱたぱた落ちた。





反対側の窓硝子。一瞬走った黒い影。
間抜けた掛け声を聞いた気がした。





次の瞬間、耳を劈く破壊音。
目を瞠る僕の足元にまで、割れて飛び散る硝子の破片。
壊れた窓枠、軋んで揺れて。

涙に濡れた笑い顔。
くしゃりと歪んだ泣き笑い。
小さな鏡を取り出して、ズイとこちらに突き付ける。





「おまえの泣き顔、笑えるぜ?」





泣いた名残の嗄れ声。ひくり引き攣る喉の奥。
映された顔はぐしゃぐしゃで、鼻と目だけが異様に赤い。
頬に走った透明な道。
ずっと膝に押し付けていたから額には変な皺がある。

「……ほんとだ……」

浮かべた笑みも涙混じりで、きっと見れたもんじゃない。
鏡を挟んで向かい合う、相手がくしゃりと笑顔を作る。
不細工なことこの上ないけど、負けじとばかりに笑ってみせた。










どっちもどっちの不細工笑顔。
悩みごとなんて吹っ飛んだ。











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