あなたのために謳いましょう。
喉が嗄れても囀りましょう。
だからどうか、こちらを向いて。
その目に僕を映して下さい。
─金糸雀─
罪人の血を浴びる度、この手で命を摘み取る度に、
綺麗な綺麗な彼の人は優しく冷たく微笑んだ。
白くて華奢な手指が伸ばされ、頬に額にそっと触れる。
「よく出来ましたね、花白」
普段なら滑らかに肌を撫ぜるはずの指先が、ぬるりと濡れて紅を引く。
離れるその手を目で追えば、たっぷりとした袖に阻まれる。
赤黒く染まり穢れたことなど、まるでなかったかのような微笑。
「そうやって、玄冬も殺すのですよ」
お決まりの台詞を聞いて俯く。
耳を塞ごうにも両手は凍り、力ない拳を握るだけ。
嫌だと必死に紡ごうにも、言葉は喉の奥底に消えた。
かつて世界のすべてだった、綺麗な綺麗な僕の守人。
何よりも誰よりも好きだった人。
その笑顔が、その声が、
冷たく感じられたのはいったいいつのことだろう。
退出の許しを待ち侘びて、しかし響くのは己の名前。
罪人を殺めた時にだけ「救世主」ではなく「花白」と、
柔らかな、けれど冷たい声音で呼ばれる。
微笑みを湛えた形良い唇をベールを引き寄せる手で隠しながら。
「刻が迫っています。わかりますね?」
「……はい」
「それが、あなたの役割なのですよ」
そのためにあなたは生まれたのです。
もっと誇りに思いなさいな。
優しげな表情、冷たい微笑。
穏やかな口調、突き付ける声音。
ただ緩慢に頷いて、わかっていますと吐き出した。
満足そうな微笑みを浮かべ、ではお行きなさいと美しい声。
鉛で出来た思考と身体、重い両足引き摺るように。
一歩牢から踏み出ですぐに、吐き気と眩暈に膝から崩れた。
血腥さが目に沁みて、涙が止め処なく溢れ流れる。
玄冬をきちんと殺したら、役目をちゃんと果たせたら、
あの人は僕を見てくれるかな。
今度こそ「僕」を映してくれる……?
あなたのために謳いましょう。
声を潰して囀りましょう。
だからどうか、こっちを向いて。
その目に僕を映して下さい。
だからどうか、ここから出して。
あなたのためには、もう謳えない。
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