夢が現か、現が夢か。
狭間を飛び交う薄絹の翅、休める枝を求め彷徨う。
風雨に晒され傷付きながら。生魂死魂、細腕に抱いて。
─胡蝶─
ゆるり開かれる緋色の双眸。
肩に置いた手を除けようとすれば、はっしと掴まれ引き寄せられる。
視界いっぱいに整った貌。白磁の肌と鮮やかな朱唇。
「きみは、どっち……?」
硬く果敢なく響く声。
寝起きの曇りとは縁遠い、硝子のように澄んだ音。
返す声音をどう受けるだろう。
ちらり考え、溜息ひとつ。
「何に対してだ、それは」
嫌に冷たいその手に目を落とし、そっと己が手のひらを重ねた。
びく、と身体に震えが走る。それと同時、息を呑む気配。
惑うように視線が泳ぎ、恐る恐るこちらを仰いだ。
かちり、ぶつかり絡む視線。
相手の緋色が映しているのは、果たして本当に俺の姿だろうか。
泣き出しそうに歪んだ色を見る限り、別の誰かを追っていたのだろう。
追っている、かも知れない。
「……よかった……」
鼓膜を震わす掠れた声。
縋るように背に回される細い細い両の腕。
決して離すまいと強く、どこか怯えを孕んで弱く。
きみは、どっち……?
殺さなきゃいけない玄冬なのか、
それとも殺さなくていい玄冬なのか。
ねえ、どっち……?
言葉にせずとも伝わる問いに、答えることは出来ず仕舞い。
返すより早く気付いてしまうから。
思い込んで、しまうから。
「おれ、は……」
迸りかけた言霊を呑む。
落ちたそれらは重く凝って、二度と外へは出られない。
この腹を割いても、取り出すことは叶わない。
小刻みに震える背に手を添えた。
幼子をあやすかのように、きゅ、と抱き締め返す。
足りない腕に歯噛みしながら、それでも強く、懸命に。
夢現、現夢。境界線は不明瞭なまま。
今宵もまた蝶は舞う。
破れた翅で、泣きながら。
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