今日も僕は生きている。
胸に残った傷跡は決して小さくないけれど。
痛くはないし、苦しくもない。ただ哀しみが宿るだけ。
それ以外には何もない。この胸の中は、空っぽだ。
─機械仕掛けの行進曲─
土を踏み締める感触と噎せ返るような緑の匂い。
両腕を広げてバランスを取りながら、足の沈みそうな大地を進む。
ギラギラと眩しい夏の日差しが嘘のような涼しさだった。
林の中だというだけで、そこはまるで別世界。
思わず駆け出したくなるけれど、諦め顔でまた一歩。
走るなんて出来るはずがない。
そう思ったら悔しくて、足を止めて空を仰いだ。
木の葉の隙から射し込む光がきらりきらりと眩しく見える。
深い深い水の底から水面を見上げたみたいだった。
実際に見たわけじゃないから、勝手な思い込みだったけど。
「花白、」
慌てたような足音と焦りを含んだ呼び声を聞き、はっとそちらへ顔を向けた。
駆け寄ってくる銀閃の顔には一抹の不安と心配が。
痛むのか、と問いを投げられ、そこで初めて気が付いた。
いつの間にか胸を押さえて、軽く爪を立てていたことに。
「少し疲れたか? 具合でも、」
「大丈夫だよ、心配しないで」
精一杯の笑顔を向けても、彼の表情は晴れぬまま。
額に頬にと手を押し当てて、熱はないな、と難しい顔。
だいじょうぶだよ、しんぱい、しないで。
繰り返し言えば不安げな顔で、それでも「解った」と頷いてくれる。
きっと納得なんてしてない。
本当は引き摺ってでも連れ帰りたいと思っているに決まってる。
けれど、
「無理は、するなよ」
そう言って、柔らかく微笑って、そっとそっと手を握ってくれた。
大きな手のひらが温かくて、ぎこちないけど優しくて。
心の底から嬉しいって、そう思っているはずなのに。
とくとくと命を紡ぎ続ける心臓の音が虚しく響く。
服の上から触れた傷跡、その奥で鳴るのは単調なリズム。
感情の起伏を忘れたような、機械仕掛けの心臓の音。
嬉しくて、幸せで、本来ならば高鳴るはずなのに。
僕の心臓は変わらない。
ずっとずっと同じ速さで、同じリズムで走ってる。
取り残された感情は、どうやって表せばいいだろう。
嬉しいよ、幸せだよ、大好きだよって、どうしたら……?
繋いでいた手に力が込められ、はっと彼の顔を見る。
柔らかく微笑っていたけれど、蒼い両目に心配の色。
「ねえ、銀閃」
「うん?」
「……好きだよ」
きゅ、とその手を握り返して、蚊の鳴くような声で告げた。
彼は大きく目を見開いて、照れたように笑ってくれる。
滅多に見ることのない表情、僕だけが知ってる、特別な顔。
ああ、なのに。
僕の心臓は淡々と赤い命を繋ぐだけ。
それ以外など知らないのだと、そう言いたげに、とくとくと。
高鳴ることを忘れた心臓は、あとどれくらい動いてくれる?
ねえ、その半分になってもいいから。
だから、どうか、
僕の心を返して。
こっそりと摘木さんへ
一覧
| 目録
| 戻