ほんの気まぐれ、暇潰し。
本気にしないで、鬱陶しいから。
押し付けがましい殊勝な態度に苛々するのは当然だろう?










―相反する音―










好きだよ大好き愛してる。
そう囁いた唇で、拒絶の言葉をつらつら紡いだ。
寄るな触るな近付くな。あんたの顔など見たくない。

笑って告げれば眉を寄せ、躊躇った後に頷いた。
おまえがそれを望むなら、って。
低く短く小さな声で、かなしそうな目をして言った。

「熊サンはそれでいいんだね」
「……良いも悪いもないだろう」

溜息混じりに返される。
顔をしかめて、目を逸らして。





訊かないの? 責めないの?
なんですんなり受け入れるんだよ。

苛立ちも露わに襟首を掴んだ。手荒く引き寄せ睨み付ける。
苦しげに歪む澄ました顔が、やたらと神経を逆撫でた。

「嫌い、なんだろう? 俺が」

離せ、とやんわり拒まれる。
服を掴む手を引き剥がされて、為す術もなく空を握った。
突き放したのは自分の癖に、広がる距離に狼狽える。





「……嫌いだよ。大嫌い」

唇を噛んで俯いた。
じんわり広がる血の味を、飲み下そうと喉を鳴らす。
カラカラに乾いた口の中、緩慢な舌で言葉を吐いた。

「自分ひとりで抱え込むところとか、苦しいのを表に出さないとことか、」

大嫌い。

そう言い捨てて熊サンを睨む。
驚いたように目を丸くして、それから、苦い笑みを浮かべた。
和らいだ目元、深い青色。吸い込まれそうで視線を逸らした。

「おまえに言われたくはないんだが」
「……煩いよ」

苛立ち紛れに言い返すと、不意に頭を撫でられる。
ぽんぽんと軽く、宥めるみたいに。
思わず仰いだ視線の先には、困ったような熊サンの顔。





「……なに」
「気を付ける」
「……、……あ、そ」

髪を梳く手を捕まえて、長い指をぎゅっと握った。
柔らかくはないけど、あったかい。
細くはないけど、やさしい手。

「……泣くなよ?」
「誰が。泣かないよ」

手を握ったまま俯いて、零した声が震えてた。
情けなくて悔しくて、苦い笑みが口端に浮く。
するりと背中に回った腕と、黙したままでいる口と。





その気遣いが大嫌いだった。
苦しくて苦しくて堪らないから。
けれど今は、何故だか酷く心地良い。











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