何の音もしなかった。雪に吸われて消えたから。
零れる音も滴る音も、耳に届くことはない。
静かだった。静か過ぎた。
頭痛と耳鳴りが、ずっと止まない。










―雪染め―










頬を伝う水は白い雪を少しだけ溶かして、淡く暗く染みていった。
濡れた切っ先から落ちる緋色は、ぱたりぱたりと花弁を散らす。
真っ赤な花を、何度も、何度も。

「……くろと……」

動かない彼の傍らで、馬鹿みたいに立ち尽くした。
手を伸ばせば触れられるのに、足も腕も動かない。
根が生えたのか、凍り付いたのか、それは自分でも解らなかった。

触れたいのに、触れられない。
それが酷く悲しくて。





「ねえ、僕やれたよ」

君をちゃんと殺せたよ。
ほめてくれるかな。わらってくれるかな。
よく出来たなって、頭を撫でてくれる……?

優しく笑ってくれること。
あったかい大きな手で髪を梳いてくれること。
考えるだけで幸せだった。
思い描くだけで、幸せだった。

でも、





「……どう、やって……?」





緩やかに、首を傾げた。
凍り始めた前髪が揺れる。

玄冬はぴくりとも動かない。
白い雪に埋もれたまま、白くて赤い雪の花に肌も何も染められていた。

赤い雪、あかい、ゆき?
雪は白いはずなのに、どうして赤色をしているんだろう。

どうして? 僕が殺したから。
何故? 玄冬がそう望んだから。

ああ、だから、だから雪が。





吐き出した息は白くはなかった。
もしかしたら息なんてしていなかったのかもしれない。

「……あ、……」

膝が笑う。震えが走る。
寒くなんてないそんなものはもう感じない。
血に塗れた剣を捨てようにも手のひらから柄が離れない。
くっついてしまったのかもしれない。

嫌だ、こんなもの持っていたくない。

捨ててしまいたくて手放したくて柄に回る指を剥がそうとする。
なのに手も指もちっとも言うことを聞かない。

この剣が殺した。この剣で殺した。剥がれない、離れない、どうして。
僕は僕が殺した誰を剣で剣が僕が、玄冬を……!

「……っ……!」





耳鳴りも聞こえなくなっていた。
鈍い頭痛ももう感じない。

雪に吸われて消えたから。
全部隠してしまうから。

寒くなんかない、冷たくなんて、ない。
だってほら、こんなにもあかでみちている。
あたたかな、あか、で……。










ねえ、ぼくやれたよ。











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