手を取って、腕を引いて、前後しながら歩みを進めた。
解き放たれた今を、想像以上に広い世界を、この両の目に刻むために。
不意に落ちた鳥の影、呼吸を止めて仰いだ空。
その色彩の鮮やかさに、ぐらりと大きく身体が傾いだ。










─綻び─










夢を見ていた、ような気がする。
ふわふわと、ゆらゆらと、身体も意識も安定しない。
暗い暗い水の中に、天地も解らず漂っているみたいだった。
足元から湧く光の泡へ、何の気なしに目を遣って、

「……っ……!」

身体が大きく跳ねるのが解った。
一瞬離れた背中が落ちる。水面ではなく、シーツの上に。
反動で小さく二三度弾み、静止してようやく息を吐いた。
荒い呼吸、乱れた脈。
顔を覆う両手のひらと、額に薄く汗が滲む。

不意に、人の気配を感じた。生きた人間の息遣いを。
跳ね起きるより早く手が伸ばされる。
顔を覆った両の手に、そっと温かな手のひらが触れた。

「気が、付いたか」

耳に優しい低い声。普段より固い、その音色。
は、と小さく息を吐いた。
恐る恐る外した目隠し、その先に捉えた夜色の。





「……玄冬、」
「気分はどうだ? どこか、痛むか?」

矢継ぎ早の問い掛けに、ゆるゆると首を横に振った。
寝台の上に寝かされている。今の状況は解ったけれど。

「あ、れ……僕、……」
「急に倒れたんだ。覚えて、いないのか?」
「……たおれた……?」

そうだ、と答え頷きながら、玄冬は顔を顰めてみせた。
怒っているのではない、と思う。
たぶん、心配してくれているだけで。

「いくら呼んでも反応しない、連れて帰っても酷く魘されているし、」

途中でふつりと言葉を切り、はあ、と深い溜息を吐いた。
強く握った僕の手に、額を寄せて俯いてしまう。
それっきり、何も言ってはくれない。





長い前髪に隠されて表情は見えなかった。
何を考えているのかも、解らない。
申し訳なくて、居た堪れなくて、玄冬の指を握り返した。

「……心配した」
「うん」
「……目を、覚まさないかと」
「う、ん。ごめんね」

空いている方の腕を伸ばして、玄冬の髪にそっと触れた。
髪から頬へ、手を滑らせる。
ぴくりと小さく震えたけれど、そのまま頬に指を添えた。

「もう、大丈夫だから」
「……」
「ね、玄冬」





顔、見せて?
強請るようにそう言えば、手に押し当てていた額が離れる。
不安げに揺れる濃い青色が、僕の赤とぶつかった。

「心配かけて、ごめんね」
「……」
「……怒ってる?」
「、いや」

泣きそうな顔で目を細め、淡い笑みで首を振る。
怒ってはいないと、そう言って。

僕の存在を確かめるみたいに、髪を撫ぜる手があたたかい。
繋いだままの手を握ったら、同じ力で返してくれる。
嬉しくて、切なくて、誘われるままに目を閉じた。










ふらふら、ゆらゆら、漂い続ける。
湧き出る光の泡を見て、後悔と絶望に苛まれながら。
それでも、僕は夢をみる。











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