ねえ、聞こえますか? 僕の声。
届いていますか? きれいなあなたに。
返事が欲しいとは言わないけれど、

ねえ、きこえますか?










─雛鳥の唄─










ぽっかりと、穴が開いたみたいだった。
鳩尾の少し上あたり。心臓の、ちょうど真下かもしれない。
重たく凝った何かが沈んで、真っ黒な穴が口を開けた。
覗き込んだところで何が見えるわけでもなく、
ただ真っ暗で、果てがないようで。

不意に、頭に軽い衝撃。
はっと我に返って初めて、すぐ傍にいる人に気付いた。





「どうしたんだ? ぼんやりして」





息を呑むくらいに近く、顔を寄せて。
頭の上に乗った手が、肩を掴んだもう片方の手が、
逃がすまいと押し留める。

「具合でも、悪いのか?」
「……違うよ。ただ、」
「ただ?」

こちらに逃げる気がないと知ってか、手を離して近くの椅子を引く。
向き合う形で腰を下ろし、どうしたんだ、と再度問われた。





「どうしたらいいのか、わかんなくて」





笑って、紡ぐ。
玄冬の表情が心なしか曇って、
大きな手のひらが頭のてっぺんをぽんぽんと軽く叩いた。

「……腹、減ったろ」
「え?」
「夕飯、何がいい」

感情の色の薄い声音で、けれど優しい響きを宿して。
じっと向けられたその視線には、少しだけ悲しそうな色が見える。

たぶん玄冬だって同じなんだ。
心細いのは、きっと一緒。





「……鶏肉と、とうもろこしと、じゃがいもとたまねぎと」
「完成品の名を言ってくれ。頼むから」
「……シチュー」
「解った」

カタン、と席を立つ。
浮かべられた表情は柔らかな笑み。
二度三度と髪を撫ぜて、大人しく待ってろよ、って。





笑って、くれる。





玄冬の背中を見送って、テーブルに両腕を投げ出した。
緩く組んで、枕代わりに。重い頭を押し付ける。
野菜を刻む包丁の音と、ふんわり漂ういい匂いがして。
少しだけ、泣きたくなった。










ねえ、見えますか? この世界。
映っていますか? きれいな眸に。
赦して欲しいなんて言えないけれど、
今更、そんなこと願うことさえ出来ないけれど。










ねえ、白梟。
生き永らえたこの箱庭は、美しいですか?











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