カーテン越しの柔な光に重い瞼を持ち上げる。
朝か、と朧な意識で悟り、一度目を閉じ身を起こした。
すぐ隣にある温もりに、ふ、と淡い笑みが浮かぶ。
けれどそちらへ目を向けた瞬間、思考はびしりと凍り付いた。
―喧騒の朝―
ふわふわとした桜の髪と柔らかそうな薔薇色の頬。
伏せられた瞼を縁取る睫は頬に影を落とすほど長い。
見慣れているはずの色彩、面影。
だのに拭えぬ巨大な違和感。
何度も瞬き目を擦り、まじまじ見ても変わらない。
小さな頭、短い手足、猫の子のように丸くなって。
指をくわえて眠る姿は子供と言うより赤子のよう。
一緒に暮らす子供らよりも、ずっとずっと小さい姿。
「……はな、しろ……?」
掠れた声で呼んだ名に、赤子が僅かに身じろいだ。
ころ、と小さく寝返りを打ち、ゆるりと薄い瞼を開く。
どこか不安げに彷徨う視線が不意にかちりとぶつかった。
きょと、と一度瞬いて、その赤色が丸くなる。
薄い眉をくしゃりと歪め、小さな口を薄く開いて。
ふえ、と漏れた震える声に、慌てて浮かべた引き攣り笑顔。
泣くな泣くな泣かないでくれと心の底から願ったけれど。
「うぇえあああああ……!」
神にも縋る願いも虚しく、赤子は大声で泣き出した。
抱き上げようと腕を伸ばせば全身でもって拒まれる。
束の間触れた赤子の肌はドキリとするほど柔らかかった。
下手に触れたら傷が付くと、そう思わせる感触で。
抱き上げるどころか触れることも出来ず、ただオロオロとするばかり。
故に扉を叩く音にも、名を呼ぶ声にも気付けなかった。
蝶番の軋みや近付く足音すらも赤子の泣き声に掻き消される。
何事だい、と肩を叩かれ、ようやく相手の存在に気付いた。
その名を口にするより早く、黒鷹の腕が赤子に伸びる。
慣れた手つきでひょいと抱き上げ、おおよしよしと高い声。
全身でいやいやをしていた赤子が徐々に大人しくなっていく。
ひく、と小さくしゃくりあげる音を最後に、その泣き声はぴたりと止んだ。
ほっと胸を撫で下ろし、けれども再び思考が凍る。
赤い丸い目が見上げる先にはふわふわと揺れる羽根飾り。
小さな手のひらで一房握り、そのままはくりと口の中。
「っ花白! そんなものを食べるんじゃない!」
「駄目じゃないかちびっこ! ぺっしなさい、ぺっ!」
小さな手からもさもさを取り上げ、口々にめっと叱り付けて。
けれど赤子は不満気に、じわりと涙を滲ませる。
懸命に伸ばした二本の腕は悲しいほどに短かった。
奪われたもさもさには到底届かず、くしゃりと顔を歪ませて。
再び響いた泣き声と、全身全霊の「嫌だ!」の訴え。
どんなに宥め賺しても泣き止む素振りは欠片もない。
先程一旦泣き止んだのは、もさもさのせいだったのか。
そう思うほどの泣きっぷりに揃っておろおろするばかり。
あまりの騒ぎに目を覚まし、扉の前には子供がふたり。
右往左往する大人たちを見て、大きな両目を丸くした。
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