強く背中を押される感覚。
伏せた目に刻まれたあの日の光景。
時を経て尚、生々しさの褪せない記憶。
……どうして……?
吐き出したはずの言葉は音を伴わず、震える息が零れるばかり。
黒々と濡れたアスファルト、じわじわと広がる大量の緋。
対照的な、白い顔。
周囲の喧騒は耳に届かず、雨音だけが木霊した。
─ただ静かに天を仰いだ─
「彩白」
不意に雨音を打ち破る声。
びく、と僅かに肩を揺らして、伏せていた目をゆるりと開いた。
のろのろと仰いだ先に晴色の双眸。
かちりとぶつかる視線。
「どうした? 銀朱」
口元を弓月に。
目は半ば伏せるようにして笑みを形作る。
途端に彼は表情を曇らせ、フイと目を逸らした。
「銀朱……?」
小さく首を傾げてみせると、何でもないと告げられた。
目を合わせようとはせず、表情もどこか硬い。
銀朱らしくない態度だと思った。
次いで頭を擡げたのは、確信に近い予感。
「どうか、したのか?」
内心の動揺を押し隠して問いを投げる。
言葉は返らない。
ただ二度三度、首が左右に振られるだけで。
その動きに合わせて鈍色の髪が流れるように揺れた。
ああ、やっぱり。
そうか、とか、それならいい、とか。
適当に相槌を打ちながら、目にかかる髪をかき上げる。
頭に手をやったまま、こっそりと溜息を吐いた。
気付いている。気付かれている。
けれど銀朱は、気付いていない振りを、している。
ちらりと脳裏を掠めた予感は、いとも容易く確信に変わった。
その時を酷く恐れていたはずなのに、どこか安堵している自分がいて。
笑い出したいのを堪えたせいで、その反動で、泣きたくなった。
いくら双子のように似ているからって、
自分ではない別の誰かに成り代わるなんて。
そんなこと、出来るわけがなかったんだ。
叶うはずが、ないのに。
「……解ってた、はずなのに……」
「彩白?」
意図せず零れた呟きは、幸いにも銀朱の耳には届かなかったようで。
何か言ったかと問う声に、何でもないよと首を振る。
きっと腑に落ちないって顔をしてるんだろうって、考えながら。
銀朱の隣に腰を下ろし、ことんと肩に頭を乗せた。
たぶん、戸惑っているんだろう。
おい重いぞと、躊躇いがちな抗議の声。
「いいじゃないか、少しくらい」
「っ、おまえ」
雨が止んだら、退いてあげるよ。
聞き取れるぎりぎりの言葉を吐き出した。
表情を読まれないように俯き加減で。
仕方ないなと髪を撫でてくれる銀朱の手を感じて、
口元だけの笑みを浮かべた。
溢れそうになる涙と、零れそうになる嗚咽とを、
ただひたすらに堪えながら。
摘木さんへ。
元は摘木さんの銀初前提銀救です。
恐れ多くも書かせて頂きました。
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