何本もの腕が伸ばされる。おいでおいでと手招くように。
優しげにすら見えるそれらは、どれも白く、同時に赤い。
ゆらりゆらりと揺れながら、手招く様に恐怖を覚えた。
―縋る手指―
呼吸が出来ない。息が、苦しい。
視線を落とした石造りの床を鮮やかな赤が埋めていく。
見ないようにと俯く視界に、白を残した手が映った。
緩く指を曲げて、力なく投げ出された、それ。
「……っ……」
息を詰め、目を閉じる。
瞼にぐっと力を込めて、肺で凝った息を吐いた。
その吐息すら血腥く感じられて、足の先から怖気が走る。
震えを堪え、目を閉じたまま、逃げるように背を向けた。
振り返ることなど出来なかった。
まだあの腕はそこにある。
映すことなどしたくなかった。
もしかしたらまだ動いているかもしれない。
追って、くるかもしれない。
不意に腕を取られ引かれて心の臓がびくりと跳ねた。
呼吸が止まる、喉が引き攣る。
見たくないのに目は見開かれ、顔は身体は反転して。
混乱の渦に引き込まれる直前、
「ふらついているぞ」
耳慣れた声と、見知った顔と、薄青の眸をぼんやり捉えた。
凍り付いた思考が緩み、軋みながらも動き出す。
体中に走った緊張が、少しずつ少しずつ解けていった。
けれど、
「顔色が悪い、大丈夫か」
言葉と共に伸ばされた腕を咄嗟に弾いて我に返った。
乾いた音と手に残る痺れ。
戸惑いに揺れる薄青色から、たまらずふいと視線を逸らした。
「……さわるな……」
低く告げ、相手を睨む。
その肩越しに伸びてくる、腕。
目を疑った。息を飲む。
ふらりふらりと漂うみたいに、白い腕が、赤く染まる指が。
銀朱の肩に、指先が、
「っ、おい、花白!?」
一度払った手を掴み、脇目も振らずに逃げ出した。
優しげな動きに惑わされてはいけない。
誘われるままに近付いてはいけない。
だってあれは死人の腕だ。
死に怯えている人間の腕だ。
僕が殺めた、罪人の……
「花白、」
息を切らし、壁を背に、崩れた僕を誰かが呼んだ。
繋ぎっぱなしの手が握られて、大丈夫かと、静かに問われる。
答えたくても声が出ない。顔を上げることすら出来ない。
力の入らぬ指に鞭打ち、返事の代わりに握り返した。
触れることの出来る腕は、生きている手指は、もう、これしか……、
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