ここに確かに在った光は、僕がこの手で消してしまった。
季節の巡りと引き換えに、世界の全てと引き換えに。
何よりも誰よりも大切な人は、もういない。
―落日―
抱き締めた亡骸の感触を覚えてる。
腕に掛かる重みも、流れてしまう温かさも。
最後に交わした音だって、全部ちゃんと覚えてるんだ。
忘れたくなくて繰り返す。
何度も何度も、思い描いた。
怖くて、痛くて、悲しいけれど。
それでも止めることは出来なかった。
「花白」
不意に響いた耳慣れた声。
思考が乱れて、そのまま途切れる。
中途半端に再生された記憶の名残を胸中に置いて。
緩慢な動作で顔を向けると、眉根を寄せた銀朱の姿。
つかつかとこちらへ歩み寄り、腕を伸ばして僕の手に触れた。
「……なんだよ」
額に向けて滑る手を払い退ける。
ぱしんと乾いた音がした。
打った手のひらに広がる痺れ。
痛くはないけど、じんと滲んだ。
「震えているな。寒いのか?」
「……違う。ほっとけよ」
「そうはいかん」
きつく眉を寄せて、蒼い目を細めて。
払われた手を尚も伸ばして、頬に触れられた。
ひたりと押し当て、次いで額に。
「熱はないな」
「あたりまえ、だろ」
押し退けるつもりだった手が、逆にしっかと掴まれる。
引き戻そうにも力は強く、自分が痛みを覚えるだけ。
相手の腕はびくともしない。
「……離せよ」
「出来ん」
「離せって!」
「……おまえの震えが止まったらな」
僅かに力の緩んだ手は、添えるように手首に回った。
微かな震えをやんわり宥めて、ごく軽い力で握られる。
隣に確かにあった光は、僕がこの手で消してしまった。
何より誰より大切な人は、もういないのに。
いないのに。
「……勝手にしろよ」
新たに灯った小さな光。
あまりに熱くて、狼狽える。
その眩しさに、目を伏せた。
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