人形じみた感情の薄い眸と、投げ出されたまま動かない四肢。
暗がりに浮かぶ肌は白く、触れると異様に冷たかった。
重ねた手指を柔く握る。ただそれだけで折れてしまいそうだった。










―闇夜の花―










「花白。おまえ、ちゃんと聞いているのか」
「……きいてる、よ」

掠れながらも返った言葉に、悟られぬよう息を吐く。
生きている。それだけのことに酷く安堵した。

「聞こえているなら、それでいい」

そのままで聞け、と動きを制す。
僅かに擡げた桜の頭が、柔い枕に再び沈んだ。
不思議そうに傾げられた首は、筋が浮くほど痩せこけている。
頭の重さで折れそうだと、馬鹿な想像が脳裏を巡った。

「何か、欲しいものはないか?」

問いを投げると、花白の目が丸くなった。
薄い唇が僅かに開かれ、たどたどしくも言葉を紡ぐ。

「……ほしい、もの?」
「世界を救った褒美として、何でもひとつ叶えると。陛下が、そう仰られた」
「なんでも、ひとつ」
「ああ、そうだ」





考える間などなかっただろう。
そんなものは不要だったのかもしれない。
初めからそう決まっていたかのように、嫌にはっきりと花白は言った。

「くろとにあいたい」

告げられた内容と、真っ直ぐな視線に射抜かれる。
思わずたじろぎ目を逸らし、返すべき言葉を必死で探した。

「……っ……それは、」
「だめなの?」

口籠もる音を継ぐように、零された声に息を呑む。
花白からは見えない位置で、両の拳を強く握った。
肯定の意で、ひとつ頷く。

「じゃあころして」

するり、紡ぎ出された言葉。
子供のように澄んだ目が、ひたとこちらを見据えている。
死が、欲しい。
そう訴える声音は柔く、甘い菓子でもせがむよう。





「……駄目だ」

僅かな逡巡、吐き出した音。
花白の目には落胆の色。
拗ねたように唇を尖らせ、痩せた指で俺の袖に触れた。
弱い力で布地を握り、ねだるように軽く引く。

「なんでもって、言ったじゃない」
「それでも、駄目だ。……すまない」

苦く紡いだ謝罪の言葉に、花白はまた首を傾げた。
どうして銀朱があやまるの? と。
問いに答える術もなく、ただ緩やかに首を振る。
解せないのだろう、眉を寄せて、へんなの、と小さく零した。





「銀朱が決めてよ」
「……なに?」
「ほしいもの、決めていいよ」

ぼくはなにもいらないから。
かわりに銀朱がもらうといいよ。

そう囁いて、淡く笑む。
無垢にも見えるその表情は、色濃い諦めを内に秘めていた。
痛みも悲しみも抱え込んで、そのことにすら気付かない。

「……いいのか、それで」

問えば小さく頷いて、紅いその目に俺を映した。
微かに細め、首を傾げ、ぽつりと零した問い掛けひとつ。










「銀朱のほしいものって、なに?」











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