満面の笑みを浮かべて告げる。驚き惑う相手に向けて。
その両腕で、ぶち壊してみせてよ。全部すべて何もかも。
どうせ転がり落ちるなら、それくらいやったっていいでしょう?
―侵犯―
見えない境界、越えられない一線。
躊躇う様に愛想を尽かして、先に動いたのは僕の方だった。
「うそつき」
強く鋭く、突き放す口調。
両の目は冷たく相手を睨んで、一瞬たりとも逸らさない。
「嘘じゃない」
苦い口振り、寄せられた眉。
蒼い眸に困惑の色。
視線が絡むと僅かに揺らいで、それでも逸れることはなかった。
「好きだなんて言って、結局口だけじゃないか」
嘲笑うように鼻を鳴らす。
目に見えて変わる相手の顔色が、滑稽すぎて笑えなかった。
「違う、花白!」
「聞きたくない」
背を向けて、耳を塞ぐ。
遠ざかる音、色褪せる気配。
全身で拒絶を現しながら、一歩踏み出そうとした時だった。
不意に腕を掴まれる。
強く引かれ、押し当てた手が耳から離れた。
聞こえてくるのは衣擦れと、咄嗟に呑んだ自分の呼気と。
交わし、飲まれた吐息と熱と、吐き出し掛けた文句の言葉。
「嘘じゃ、ない」
低く落ちた囁きに、鼓膜が震えて総毛立つ。
ひたとこちらを見据える蒼が、余りに近くて目を逸らせない。
背には壁、顔の両脇に腕をつかれて。
逃げ出したくても叶わないと、そう思わせる気迫を感じた。
「……もう一回」
挑むように睨み返す。
投げ付けた台詞に目を剥く相手の、襟首を掴み引き寄せた。
口元だけで、笑う。
「嘘じゃないなら出来るだろ? それとも、やっぱり」
途切れる言葉、塞がれる呼吸。
肩を押す手は捕らえられ、壁面に縫い止められるだけ。
息苦しさに喘ぎながらも、口端には薄い笑みが浮かんだ。
一石を投じたのは僕の方。
けれど、境界を先に越えたのは……
「ねえ、もう一回」
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