コトコトと扉を叩く音がし、誰だろうかと顔を上げた。
白梟、と呼ばわる声は耳に馴染んだ幼子のもの。
どうぞと入室を促せば、幼い笑顔がひょこりと覗く。
はなしろの笑みに釣られるように頬が自然と綻んだ。










─chouette et enfants─










椅子に座るよう勧めると、ありがとう、と高い声。
よじ登るように腰を下ろして届かない足をぷらぷら揺らした。
お止しなさいと嗜めれば、はぁいと素直に返事をする。
それでも残った僅かな揺れは、きっと仕方のないことなのだ。

「お茶は甘い方がお好きでしたね」
「うん! お砂糖いっぱい入れて?」

無邪気に笑うはなしろに、甘いものばかりでは駄目ですよ、と。
そう言えば僅かに頬を膨らませ、わかってるよと拗ねた風に。
けれどもすぐに表情を変え、カップに注がれる紅茶へ目を向けた。

きらきらした目、頬杖をついて、じっと揺れるの水面を見ている。
はなしろと小さく名を呼べば、はっと両手を膝の上へ。
それでも両目はきらきらとして、どこか楽しげな色をしていた。





どうぞ、と差し出すカップを手に取り、ふう、と息を吹き掛ける。
束の間消えた白い湯気。ふわりと再び立ち昇る。
いい香り、と囁く声が耳に柔く心地好かった。

「今日は遊びに行かないのですか?」
「うん。今日は白梟と一緒にいたいの」

邪気のない笑顔と真っ直ぐな言葉。それがどこか気恥ずかしい。
ありがとうございますと返した声は思った以上に小さかった。
どういたしましてとはなしろは笑い、カップにそっと口を付ける。
細い喉がこくりと上下し、ほっと淡く息を吐いた。

「おいしい」
「それは良かった」

お菓子もどうぞと勧めれば、いただきます! と手が伸びる。
口いっぱいに頬張る姿が子供らしくて微笑ましい。
そんなに焦って食べなくてもと、ちらと思いもしたけれど。
口にする気にはなれなくて、頬についた菓子の欠片を指先でそっと取ってやった。





不意に扉を叩く音がし、再びそちらへ顔を向ける。
私が声を返すより早く、はなしろは椅子から飛び降りた。
白梟は待ってて、と。短い一言だけを残して。

扉を細く細く開け、そこからするりと外へ出た。
何やら誰かと話しているらしく、ぽそぽそと密かな声がする。
やがてひょこりと顔を覗かせ、白梟、と私を呼んだ。

小首を傾げ、席を立ち、どうしましたかと歩み寄って。
はなしろまで数歩の距離まで来た時、ぱっと大きく扉が開いた。

雪崩れ込むように入ってきたのははなしろより年上の救世主二人。
転びそうになった花白の体を月白が慌てて支えていた。
そんな二人から少し離れて、はなしろは私の足元へ。
しゃがんで、と乞われて膝を折ると、子供は懸命に背伸びをした。

内緒話をするかのように耳元へ寄せられた手のひらと口。
ふふ、と笑う子供の吐息がほんの少しだけくすぐったい。





「あのね、いつもありがとう!」

はなしろがそう言うが早いか、年上の二人が近寄ってきて。
そちらを見ようと上げた視界は色とりどりの花で埋め尽くされた。

にこにこ笑うはなしろと、同じように微笑む月白と。
照れくさいのか視線を逸らし、頬を赤くした花白と。
鼻を擽る花の香りに、きゅう、と心臓が甘く軋んだ。

きっと頬は赤く染まって、情けない顔をしているのだろう。
けれど子供らはにこにこと、だた柔らかく笑うから。
何の見返りも求めぬ風に、淡く優しく微笑うから。

「ありがとう、ございます」

照れくさくて、気恥ずかしくて、でもそれ以上に嬉しくて。
抱え切れない幸せを胸に、震える声でそう呟いた。










09. 5.10 Mother's day!
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