その子供を呼ぶのは 誰 ?










─三度目の邂逅─










何度も呼んだ。何度も叩いた。
相手の名前を、その部屋の扉を。
喉と手が痛くなるほど繰り返して、返されたのはたった一言。
「会いたくない」の一点張り。

扉は固く閉ざされたまま、身じろぐ気配ひとつない。
どうして出てきてくれないんだ。
じりじりと焦燥ばかりが募っていく。

「今更どんな顔して会えって言うんだよ」

普段とは違う震えた声。
泣き出しそうな、不安定な音。

「俺はあの子を殺したんだ! 会えるわけ、ないだろ……」

高く感情に揺らいだかと思うと、徐々に小さく不明瞭な声。
酷く、腹が立った。
普段は飄々と笑いながら好き勝手に振る舞っている癖に。
こんな時ばかり、脆いなんて。





「会いたがってる」

扉の向こうに、びくりと震える気配がある。

「あいつは、会いたいって言ってる」

息が詰まるほどの沈黙が落ちた。
微かな衣擦れ、息遣い。

「……うそだ」

吐き出される、掠れ声。

「嘘じゃない」
「信じない……!」

悲鳴にも似た叫び声。隠しきれない涙の色。
それが、あまりにも痛々しくて、





「っ、……あいつは……」

唇を噛み、握り拳に力を込めた。
指の先は白くなり、力を入れすぎたせいで震えてる。

「目が覚めて、言ったんだ。あの人はどこ、って!」

扉を叩く。何度も、何度も。
力加減など頭になかった。
腕が折れてしまっても、構わないとすら思っていた。

「疲れてるのに、弱ってるのに! 探してるんだ、おまえを、ずっと!」

痛みなんて、もう感じない。
ただびりびりと手が痺れてる。
鼻の奥がツンと痛い。
泣きそうだった。
大声で泣き喚けば楽になれるような気がした。





「会わないって言うなら、そうすればいい」

ごつ、と額を押し当てる。
固く目を閉じ、吐き出した。

「でも俺は、おまえを赦さない」

泣いて謝っても、絶対に赦さないから。

押し潰されるんじゃないかと思うくらいに、密度の濃い沈黙。
積もり積もって足元から埋まってしまいそうだ。





無音の世界を引き裂いたのは、金属が擦れ合うような小さな音。
すぐ近くから聞こえた。
ゆっくりと、扉が開かれる。

その隙間から覗いたのは、涙も拭わぬ泣き腫らした赤い目で。

「君は、さ」

嗄れた音、蚊の鳴く声。
叱られた子供みたいな不安げな眼差し。

「君は……会いたいって、言ってくれる……?」

問いには答えず、扉に添えられた手に触れる。
小さく震えて逃げようとする指を、引き留めるみたいに握った。
そっと、そっと。壊さないように。

「俺は、会いたいよ」

ちゃんと相手に聞こえるように、一語一語を噛みしめる。
伝わるように、届くように、ひたと紅い目を見据えながら。





「だから……あいつにも、会って欲しい」





ぴく、と手の中で指が震えた。
次いで微かな嗚咽と、声。

「もう少し、だけ……こうしてても、いいかな……」

目が腫れてて、出られないんだ。
続く言葉は震えていて、聞き取るのがやっとだったけれど。

「ああ。……ここに、いるからな」
「……うん」
「離さないで、待ってるから」

声のない頷き、震える吐息。
もう大丈夫だって、無責任に思った。
縋るように握り返してくれる大きな手のひらが、俺より低い体温が、
ちゃんとここにいるって、伝えてくれる。










その心を解くのは 誰 ?











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