「ここか! はなしろ!」

バンッと派手な音をたてて、断りなしに開かれた扉。
窓から身を離してそちらを睨めば、肩で息をする銀朱の姿が。

「……僕ならここにいるけど」

不機嫌な声でそう告げる。
音だけなら、僕もちっこいのも同じ「はなしろ」で、それが時々酷く紛らわしかった。
まさに今、この時のように。










─きっと忘れているだろうけど─










「っ、ああ、違う。小さい方の、はなしろだ」

無駄足だったかと、銀朱は苛立たしげに舌打ちをした。
捜し人の行方を教えてやる気はさらさらないから、 また街にでも行ったんじゃないの、と適当なことを言ってやる。





「街で見かけたから戻ったんだ」





そう苛々と告げる銀朱は、普段なら目にすることのない礼装で。
何か大事な式典でもあっただろうかと首を傾げた。
こちらの疑問など気付きもしないで、溜息混じりに言葉を紡ぐ。

「部下が式を挙げたんでな。顔を出してきたんだが、」
「だが、何だよ」
「何故かは知らんが、そこに、はなしろがいてだな」





その続きは、言われなくても何となく想像が出来た。
たぶん、慌てて式場を出て追いかけたんだろう。
いちいち細かい銀朱のことだから、部下に一言断りも入れて。
ほんの少し、本当にちょびっとだけ、目の前の人物に同情した。





「えーと……で、城には帰ってるんだ? あいつ」

解りきったことだったけれど、白々しくもそう尋ねた。
そうだ、と頷きを返そうとした銀朱の目が、はた、と一点で留まる。

はっとして、持ったままだったベールを慌てて背中に隠した。
こんなものを見られて、詮索されでもしたら何と答えたらいいか……!
けれど、銀朱の目は、そんなところを見てはいなくて。

「花白、その花はどうした?」
「っ、ああ、テーブルの? あれは、その……っ貰い物で……!」

あたふたと言い訳を考える僕をよそに、何を慌てているのかと銀朱は訝しげな顔をした。





「違う」





「……え?」

銀朱の腕が伸びてきて、耳のすぐ上あたりから、何かをスイと抜き取った。
ほら、と手渡されたのは、一輪の白い花。
たぶん、花束にされているのと同じ花。





「髪に花なぞ挿して。何かあるのか、今日は」





手のひらの花を見下ろして、何もない、と首を振る。
ちっこいのなら、さっき下を通るのを見たけど。
そう告げてやれば眼の色を変えて、邪魔をした、と短く告げて。
来た時と同じように慌ただしく、銀朱は部屋を出て行った。

銀朱の背中を見送って、残されたのは僕と花。
適当な花瓶は手元になくて、その場しのぎで水差しの中に突っ込んだ。





幼い頃の約束を覚えているとは思えない。
そもそも、あれは一方的な言いようだったし、自分は何の返事もしていない。
だから約束だとは言えないけれど、





「これじゃ言ってたのと逆じゃないか」





不意に浮かぶ遠い日の記憶。
まだ僕より小さかったはなしろが、こちらを見上げながら投げた言葉。





大きくなったら、ぼくがはなのお嫁さんになったげる!






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