祭でもないのに人だかり。
普段なら通り過ぎてしまうのに、興味を覚えて立ち止まる。
首を伸ばして窺う先には、真っ白で、とても綺麗な人。
きらきらして、にこにこして。
その人の周りだけ、春をいっぺんに集めたみたいに明るく輝いて見えた。
ひそひそと囁く程度だったざわめきが、わっと大きな歓声に変わる。
幾対もの華奢な腕が天に伸ばされ、つられて見上げた視線の先。
ほんの一瞬、日差しを遮った花束は、やたらと軽い音をたてて僕のところへ落ちてきた。
─君に捧げる花─
「はな、いる!?」
予告もなしに開けた扉は、バンッと大きな音をたてて。
部屋の主は目を大きく見開いて、次いでじとりと僕を睨んだ。
「せめてノックくらいしろよ」
溜息混じりの言葉に、笑いながらごめんと返す。
ちっとも反省してないだろ。
そう言いたげな顔をして、花白は溜息をひとつ。
後ろ手に、今度はそっと扉を閉めた。
「はい、これ。おみやげ」
押し付けるように手渡した花束は、ふわりとやわらかな香りを放って。
訝しげに眉を顰める花白に、花びらの白がとてもよく映えた。
「おまえ、また授業サボって街に出たの?」
「社会勉強の一環だよ。百聞は一見に如かず、ってね」
「よく言うよ」
座れば、と勧められた椅子に腰掛けて、花白が飲んでいたらしい紅茶に口をつけた。
もう文句を言う気すらないのか、黙って新しいカップを出してくれる。
「ありがと」
「どーいたしまして」
紅茶の注がれたカップを一気に呷った。
少し熱かったけど、全部飲み干して、ごちそうさま。
もっとゆっくり飲めばいいだろと眉を顰める花白に、ねえ、と小さく声を掛ける。
内緒話を、するみたいに。
「ねえ、はな」
「何だよ」
茶菓子ならないからなと言う花白の目をじっと見て。
ちょっとごめんね、動かないでねと、短く断りを入れて。
「何す……、うわっ」
小さく声を上げる花白の頭に、白梟みたいな薄いベール。
ほんの少し動いただけでも、ひらひら、ひらひら。
風を孕んで、翻って、とてもとても綺麗だった。
街で見掛けた、あの人のように。
「やっぱり。よく似合ってるよ」
満面の笑顔でそう告げる。
けれど、花白はお気に召さなかった様子で。
嬉しくない! と椅子を蹴って立ち上がるのを見上げて。
ベールを毟り取ろうとする手をやんわりと握った。
「ねえ、はな」
「今度は何だよ!」
ばっと振り払われた手はそのままに、ひたと紅玉の双眸を見据えた。
「僕のお嫁さんにならない?」
「……なっ……!」
馬鹿なことを言うんじゃない!
乱暴にベールを取り払って、そう花白は叫びかけたけど。
はっとしたように言葉を呑み込み、僕とほぼ同時に扉の方へと意識を飛ばした。
高らかな軍靴の足音と共に、聞き慣れた声が近付いていたから。
「はなしろ! はなしろはどこにいる!」
聞き慣れた台詞を耳にして、僕たちは顔を見合わせた。
花白は訳が解らないって顔をしてる。
「見つかっちゃう、かな?」
あーあ、と額に手をやりながら、カタン、と席を立った。
花白の脇をすり抜けて、歩み寄った窓辺。
空は高く晴れていて、木々の梢が風に揺れているのが見えた。
「あ、おい!」
はっとしたような花白の声。
廊下側から近付いてくる足音。
徐々に距離を縮める声。
大きく窓を開け放ち、花白の方を振り返る。
その頭にベールはないけれど、とてもとても、綺麗だった。
当人は気付いていないみたいだけど。
「じゃあまたね、はな」
「え。ちょっ、馬鹿! 待っ、」
花白の声を背中で聞いて、タン、と窓から身を躍らせた。
一瞬の浮遊感と、風を切る気持ちのいい音。
着地で足は少し痺れたけれど、挫くようなヘマはしない。
高い窓から身を乗り出すようにして、こっちを見てる花白に、
大丈夫だからと手を振った。
すぐに迎えに行くからって、そんな意味も含ませて。
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