長椅子にのんびり腰掛けながら、ほんの少しだけ目を瞠る。
少し離れた位置に立つのは困り果てた顔した氷砕。
二本の腕に赤子を抱えて、あっちへふらり、こっちへふらり。
─楓のようなる手を広げ─
うにゃうにゃと不機嫌にぐずる声。
助けを求めてこちらを見る目には珍しく余裕の色がなかった。
思わず小さく笑みを零すと途端に鋭く睨まれる。
ひょいと肩を竦めてみせたら潜めた声が投げられた。
「見てばかりいないで、手伝え」
「無茶言うなよ。動けないんだから」
言ったそばから右隣にある小柄な体が僅かに傾ぐ。
そっと支えて抱き寄せてやれば、ん、と小さな声が漏れた。
「起こしたか?」
「……いや、まだ寝てる」
ほっと安堵の息を吐き、もう一方の子供を見遣った。
俺の膝を枕にして、寝息をたてる末の救世主。
柔らかな髪に指を通せばするりと手の中をすり抜けた。
俺に寄り掛かるくろとの膝には開いたままの分厚い本が。
重いだろうにと伸ばした腕は、けれどもすいと空を掻く。
あれ、と視線を上向ければ、末の玄冬と目が合った。
きょとりと一度瞬いて、気恥ずかしげに視線を逸らす。
その手にはくろとの本があり、そうっと机の上へと置いた。
代わりに毛布が差し出され、ふわりと肩に掛けられる。
くろとと俺とで一枚。寝そべるはなしろに一枚。
残りの三枚は抱えたまま、どうしようかと迷うみたい。
「ありがとう。君はいいの?」
「う、ん。まだ、眠くないから」
そう言って視線を彷徨わせるから、おいでと静かに子供を呼んだ。
戸惑うように藍が瞬き、いいの? と小さく問う声がする。
左の腕を差し伸べて、やや俯いた頭を撫ぜた。
「いいよ。ほら、おいで」
重ねて呼べばこくりと頷き、くろとの脇にちょんと座る。
照れくさそうに、嬉しそうに、はにかむ笑顔が可愛らしい。
「……おい、」
「ん?」
低い呼び声に顔を上げれば、氷砕にじとりと睨まれる。
その腕の中にはふにゃふにゃと泣き出しそうな花白が。
どうにかしろ、と言いたいのだろう。視線に焦りの色が濃い。
とりあえず座ればと促せば、末の玄冬の隣に座して。
花白の顔を覗き込み、頼むから泣くなと言うけれど。
赤子はいやいやと身を捩り、ふえぇ、と泣き色を強くする。
と、
ウサギさんは? と問う声に、大人二人が目を丸くする。
ちょこんと座った末の玄冬が、ことんと小首を傾げてみせた。
「花白の大好きなウサギさん。置いてきちゃったの?」
俺と氷砕は顔を見合わせ、知らない、と互いに首を振る。
探してくるねと末の玄冬が立ち上がろうとした時だった。
ひっ、と息を吸う音がして、その場の空気が束の間凍る。
丸く大きく見開かれた目に、みるみる涙が溢れてきて。
慌てふためく氷砕を他所に、花白は盛大に泣き出した。
「子守初代」
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