俺には同い年の弟がいる。
気が小さくて、引っ込み思案で、人見知りの激しい弟が。
いつだって俺の後ろに隠れて、決して離れようとはしなかった。
目を合わせればはにかむみたいに、伏目がちに微笑んで。
繋いだ手と手が解けないよう、込められた力に頬が緩んだ。
─シメントリカル・ミステイク─
終礼のチャイムが鳴り響き、教室の中にはざわめきが満ちる。
帰り支度を整えて、鞄を背負って、帰るぞ、と。
言って差し伸べた手を前にして、けれど弟は困り顔。
「どうしたんだ?」
「あのね、今日、ちょっと用事があるから、」
どこか申し訳なさそうに、だから先に帰ってて? と。
機嫌を損ねたらどうしよう、とか、嫌われてしまったらどうしよう、とか。
きっとそんなことを考えているんだろう。
やや俯いてちらちらと、気の弱そうな視線を投げた。
こんなことで怒ったり、嫌いになったりするはずがないのに。
はあ、と小さく溜息を吐けば、小さく肩を震わせる。
そんな相手に微笑み掛けて、あんまり遅くなるなよ、と。
告げればぱっと笑みを咲かせて、うん! とひとつ頷いた。
入れ代わりにやってきたはなしろと一緒に、ほんの少しだけ寄り道をした。
途中、鈴音に捕まって、長いこと立ち話をしたりもして。
気付くと空は茜に染まり、はなしろとふたり並んで歩く。
大きく手を振るはなしろとも別れ、最後の角を曲がった時。
門の前に立つ人影を認めて、両足がその場に縫い止められた。
弟と向き合い佇む人は、確かはなしろの二番目の兄で。
珍しいなと思うより先に、弟の笑顔に目を見開いた。
夕陽の加減かも知れないけれど、頬を仄かな朱に染めて。
目をきらきらと輝かせて、幸せそうに笑ってる。
相手も優しく微笑みながら、夜色の髪をくしゃりと撫ぜて。
そのままその手を背中に回し、ぎゅっと弟を抱き締めた。
少し驚いた顔をしたけど、嫌がる素振りは欠片もない。
嫌がるどころかおずおずと、相手の背中に手を添える。
くすぐったそうに両目を細めて、肩口に頬を摺り寄せて。
信じられない光景を前に、俺はただただ立ち尽くした。
ずっと傍にいたけれど、あんな風に笑えるなんて知らなかった。
あんな顔、俺だって見たことがないのに。
髪を撫でられたり抱き締められたり、そんなことを許される奴がいるなんて。
それほど仲が良いのだろうかと、ざわめく心の内で思う。
拗ねたみたいに思っていたら、あ、と小さな声がして。
こちらに気付いたはなしろの兄さんが、こんにちは、と笑みを浮かべた。
弟はと言えば人の気も知らずに、おかえり、なんて笑ってる。
あんまり嬉しそうにするものだから、俺は「ただいま」と返すしかなかった。
少しでも人見知りが治ったのなら、喜んでやるべきなのだろう。
けれど素直に喜べなくて、抱えたもやもやに溜息を吐いた。
とりあえず黒鷹には黙っておこうと胸の内で密かに思う。
もしも知れたら泣いて喚いて、煩くなるに違いないから。
それに、と続けた物思い。けれどすぐさま打ち消した。
ほんの少しだけ寂しかった、なんて。
そんな風に思ったことを、知られるわけにはいかないから。
リクエスト内容(意訳)
「人見知りの激しい弟がちょっと目を離した隙におおきいのと仲良くなっていてショックを受けるお兄ちゃん」
ツキネさんへ
一覧
| 目録
| 戻