ご迷惑をお掛けするかと思いますが何卒よろしくお願いします。
馬鹿がつくほど丁寧な口調で淀みなくつらつらと紡がれた言葉。
思わずああと頷いて、はたと思考は急停止。
おい待て一体何のことだと訊き返そうにも時既に遅く。
最敬礼をしていたはずの従弟の姿は消えていた。
―偏愛ティータイム前哨戦―
こういうことかと溜息を吐けば静かにしてよと尖る声。
たかが溜息ひとつくらいでと口にしたいのをぐっと堪えた。
相手は気の立った猛獣のようなもの。
下手に刺激しない方がいい。
ふと前方に目をやれば、そこには見慣れた背中がふたつ。
件の従弟と幼馴染が楽しげに話しながら歩いている。
時折目と目が合うのだろうか。
くすぐったそうに首を竦めて笑い合う姿が微笑ましい。
けれども目の前の人物にとっては気に食わない光景であったらしい。
なんで銀閃なんだよ、だの、くっつき過ぎなんじゃないか、だの。
絶えず聞こえるそれらの言葉は呪詛か何かかと思うほど。
じっとりと座った緋色の目と、力の込められた白い指。
ぎりぎりと奥歯を噛み締める音が聞こえてくるような気さえする。
指摘しようか束の間迷い、ここでも結局口を噤んだ。
柔らかく癖のない鴇色の髪と、白い肌に映える緋色の目。
中性的な整った顔立ちは兄弟だけあって花白とよく似ている。
ご近所奥様からの評判も良い出来過ぎなくらいの好青年。
なのだけれど、
「俺だって花白とお出掛けしたいのに……!」
なんでどうして銀閃ばっかりよし後で一発殴らせろ。
電信柱の陰に隠れて延々と小声で紡ぎ続ける。
花白が心配でならないのだろう。
幼い頃から体が弱く、入退院を繰り返していたのだから。
弟想いの優しい兄。けれど少々度が過ぎる。
こうして跡をつけるのも物陰から様子を窺うのも、一度や二度のことではない。
心配性という言葉では軽過ぎるほどの偏愛振りだ。
これさえなければ良い奴なのにと内心思って目を伏せる。
決して悪い奴じゃないんだと誰にともなく弁明をした。
「……楽しそう……」
ぽつ、と零れた小さな声に、ちらと横顔を覗き見る。
迷子になった子供のような、道端に捨てられた子犬のような。
かなしい寂しい心細いと泣きそうな目が叫んでいる。
視線の先には相も変わらず楽しげに歩む二人の背中。
と、不意に花白が足を止め、くんっと銀閃の袖を引いた。
そんな些細な仕草ひとつにも月白は嫉妬するらしい。
先程の哀切はどこへやら、憎々しげにその目を細めた。
何事か相談するかのように二人は僅かに顔を寄せて。
花白が指差す何かを見、銀閃はひとつ頷き返した。
優しく柔らかな笑みを浮かべて、くしゃりと桜を撫ぜながら。
店に入っていくふたつの背中。見詰める緋色をちらと窺う。
きゅっと噛み締めた唇は白く、今にもぷつりと破れそうで。
華奢な肩に手を伸ばし、よせ、と言い掛けた時だ。
唐突に響いた着信音にびくりと揃って肩が跳ねた。
特に月白は慌てふためき、わたわたと携帯を取り出して。
ぱくりと開いた画面を見詰め、吸って吐いての深呼吸。
出ないのかと問えば出るよと返され、通話ボタンに親指を。
今までとは違う涼しい顔で、携帯を耳に押し当てた。
「もしもし、どうした?」
(……アンタ、甘いの平気だったよね)
微かに漏れて聞こえてくるのは機械越しの耳慣れた声。
今の今まで不機嫌だった緋色の眸はとろりと甘く。
「うん、好きだよ。ってか今どこにいるの?」
(別にどこだっていいだろ。……もう少ししたら、帰るから、)
ぽそぽそと小さな花白の言葉は俺の耳には届かない。
けれども丸く瞠られた目には溢れんばかりの喜びがあった。
「うん。うん、わかった。待ってる」
気を付けて帰ってくるんだよ、と。そう紡ぐ声は優しく甘い。
二言三言言葉を交わして、通話を終えた画面を眺めり。
仄かに頬を染めながら、ほう、と月白は息を吐いた。
「帰る」
「……は?」
「花白がね、帰ったらお茶にしようって」
だから急いで用意しなくちゃ。
ああほらどいてよ、通れないじゃない。
そう言いながら弾む足取りで、鼻歌交じりに家路を急ぐ。
ここまで付き合わせておいて……!
と、今度こそ文句のひとつでもと口を開き掛けた時。
あ、そうだ。などと言いながら、月白がこちらを振り返る。
「付き合ってくれて、アリガトね」
にっこりと満面の笑みを向けられ、紡ぎ掛けた言葉を慌てて飲んで。
舌の付け根まで出掛かっていたのに、無理矢理胃の腑へ押し込めた。
気にするな、などと言ってしまうあたり、自分は月白に甘いらしい。
そう思いながら溜息を吐き、数歩先を行く背中を追った。
月白を家まで送り届けてようやく至った自室前。
ほんの数時間の出来事だのに、どっと疲れが押し寄せる。
何か飲むかと思った矢先に件の従弟が帰ってきた。
かちりとぶつかる蒼と蒼。丁度いいところにと相手は笑む。
その手の中には小振りな紙箱。
側面に踊る花文字は、先程ふたりが入った店の。
「迷惑料だそうですよ」
食べませんかと誘われて、ふ、と鼻から息を吐く。
兄の行動などお見通しかと、そう考えたらおかしかった。
あんなにも必死に平静を装って電話口で話していたのと言うのに、だ。
「……頂こう」
それに、と頭の片隅で思う。
自分も従弟も同じくらいに、あの兄弟には甘いのだな、と。
甘やかすつもりはないのだと銀閃も同じことを言うのだろうか。
甘過ぎる抹茶ゼリーを味わいながら、緩む頬を自覚した。
リクエスト内容(意訳)
「超絶ブラコン未来救」
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