しとしとと絶え間ない雨の音。いつ降り出したかは分からない。
他に聞こえる音もなく、周囲に奇妙な静寂が満ちた。
それを密やかに打ち砕くのは、すぐ傍らで眠る人。
すいと転じた視線の先で、んぅ、と小さな声がした。
―閨に降る雨―
起きたのと投げた問い掛けに、ゆるりと薄い瞼が開く。
現れたのは寝ぼけた緋色。その焦点は定まっていない。
半ば枕に埋もれた顔を僅か擡げてぱしと瞬く。
けれどもぺしゃりと寝台に沈み、再び瞼を下ろしてしまった。
「まだ寝るのかよ……!」
起きろって! と肩を揺さぶり言うけれど。
相手はむうと呻くばかりで身を起こす気はないらしい。
眉間に刻まれた幾筋かの皺と、どこか気だるげな表情と。
あれ、と思って触れた額はほんの少しだけ熱い気がした。
「……風邪、ひいたの?」
「風邪なのかなァ?」
「僕に訊くなよ。自分のことだろ」
改めて押し当てた手のひらに僅かな熱がじわりと沁みる。
普段ならひやりとするはずなのに、まるで体温があべこべだ。
僕の手のひらが気持ちいいらしく月白は猫みたいに目を細めてた。
「具合悪いならちゃんと寝てろよ」
「だけど朝だし、」
「……もう昼過ぎだよ」
溜息混じりで告げた言葉に、え、と両目を丸くして。
慌てた風に身を起こそうとし、けれども三度シーツに沈んだ。
あたまいたい、なんて言葉は柔らかな枕に吸われてしまう。
ころりと月白が寝返りを打ち、上目にちらと僕を見る。
そんな姿が子供みたいで、なんだか少しおかしかった。
「おとなしくしてろって。ほら」
「……ん、……」
肩から落ちた上掛けを掴み、しっかり首まで覆い直して。
仕上げとばかりにポンと撫ぜたら、その手をきゅっと握られた。
いつもは冷たいその手まで、なんだか熱く感じられて。
柔い力で握り返したら、きょとりと紅い目が瞬いた。
物言いたげな視線を受けて、何、と短く投げたけど。
相手はふにゃりと笑みを浮かべて繋いだ手指に力を込めた。
「今日の花白、なんか優しい」
嬉しそうな顔でそう言うから、頬がかあっと熱くなって。
気のせいだよ馬鹿! と叫んだけれど、月白はふにゃふにゃ笑ってる。
掴まれた手に頬を寄せられ、結局口を噤んでしまった。
慣れない唄を口遊んだり、取り留めもない話を紡いだり。
何が楽しいのか知らないけれど、そんなことばかりを月白は強請る。
その理由を問い、答えを聞いて、思わず顔を俯けた。
『声を聞いていたいから』なんて。
そんな台詞を臆面もなく、さらっと言ってのけるから。
病人でなければ殴っているところだと心の中で吐き捨てて。
馬鹿じゃないのと紡いだ顔は、きっと赤かったことだろう。
今は眠った相手を見ながら、そっと零した淡い溜息。
僕の手指を握ったままで、月白は遠い夢の中。
繋いだ手と手に目を落とし、対の手のひらでやんわり包む。
少しだけ冷たいその手の熱に思わず頬が緩んでしまった。
摘木さんへ
一覧
| 目録
| 戻