チャリ、と軽やかな音を奏でて手のひらに落ちてきた小さな何か。
それが何なのか理解するよりも、冷たい、と感覚が先走る。
まじまじ見詰めた銀色の塊。見比べ仰いだ晴色の眸。
困った風にその色を細めて、銀閃はふっと息を零した。
―レモネード―
いつものように訪れた場所で、いつものようにしゃがみ込む。
少し寒いなと首を縮めてマフラーに鼻先を突っ込んだ。
手指の先は袖に隠して、更に上着のポケットへ。
ほう、と零した息が凝って束の間白く視界を染めた。
と、耳に馴染んだ足音を聞き、マフラーに埋めた顔を上げる。
見慣れた姿を目に映し、おかえりを言おうとしたのだけれど。
代わりにくしゅんとくしゃみがひとつ。続いてぐずぐず鼻を鳴らして。
驚いたように名を呼ぶ声と、丸くなった晴色の目と。
いつからと問う馴染んだ声には、今来たところと笑って返す。
けれど、
「こんなに体を冷やしておいて、そんな嘘が通ると思うのか?」
言いながら僕の頬に触れ、スイと晴色を眇めてみせる。
風邪を引いたらどうするんだと、続く言葉はいつも同じ。
だけどそれが嬉しくて、くすぐったくて小さく笑った。
笑い事じゃないんだぞ、と諫める声にはごめんと返して。
ほら、と促されるままに、銀閃の部屋へと一歩二歩。
定位置となったベッドの端にちょこんと腰掛け息を吐く。
僅かに沈み、軋む音。ふわりと漂う銀閃のにおい。
ほっとするような、こそばゆいような、そんな感覚に目を伏せた。
脱いだ上着もそのままに、差し出されたマグに手を伸ばす。
温かいはずの陶器の熱は、冷え切った手には熱いくらいで。
ありがとう、と囁きながら、立ち昇る湯気を吸い込んだ。
甘酸っぱい匂いが鼻から抜けて、凍えた気管がやんわり緩む。
ほう、と思わず零した吐息に銀閃が顔を曇らせた。
「嫌いだったか?」
「ううん」
マグを両手で持ちながら、すきだよ、なんて笑ってみせる。
熱いぞという声に頷き、そうっと縁に唇を寄せた。
一口含んだ温もりは、舌にも喉にも優しくて。
こくんと飲み込み息を吐き、揺れる水面に目を落とした。
「……おいしい」
「そうか」
それは良かったとほっとした風に淡い声が紡がれて。
同じようにマグを傾け、晴色の目が細くなる。
僕の隣に腰を下ろし、甘過ぎたなと苦く微笑った。
「ああ、そうだ花白」
「なに?」
こと、と小首を傾げれば、手を、と小さく投げられた声。
手? と呟き差し伸べた両腕。その片方を握られる。
手のひらを上に返されて、チャリ、と落とされた冷たい何か。
まじまじとそれを目に映し、ぱしぱしと瞬きを繰り返す。
「……鍵……」
「ああ。うちのだ」
紡がれた言葉が思考をつるり。
一拍遅れて理解が追い付き、驚きのまま顔を上げた。
「僕、に? いいの?」
たどたどしく投げた問いに銀閃は頷き、貰ってくれると嬉しい、と。
目元口元の変化こそ少ないけれど、柔らかく微笑んで言ってくれる。
視線は手の中に落ちたまま、銀色の鍵から外せなかった。
嬉しくて、気恥ずかしくて、顔を上げることが出来ない。
「迷惑、だったか」
「っそんなこと……!」
そんなことない! と伝えたくて、思わず相手を仰ぎ見て。
あ、と思った次の瞬間、顔の熱さを、思い出して。
そうかと呟く相手の顔には照れくさそうな笑みがある。
柔らかく細められた晴色の目と、ほんの少しだけ上向いた口角と。
貝殻みたいな両の耳も、頬と同じく仄かに染まって。
咄嗟にぱっと視線を外し、手の中の鍵をきゅうっと握る。
どきどきと煩い心臓は、今にも飛び出してしまいそうで。
たった五文字の「ありがとう」が、喉に閊えて仕方がなかった。
摘木さんへ!
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