次から次へと刻まれる野菜に自然と気分は下降線。
トントンという規則的な音すら憎らしく聞こえてきてしまう。
手伝おうかと訊ねても、いいから待てと返されて。
一人テーブルに突っ伏していたら、くる、と小さくお腹が鳴った。










―空腹とスパイスと―










どれだけ何もせずに待っただろう。
包丁がまな板を叩く音は消え、代わりに控えめな音と匂い。
すんと鼻を鳴らしていたら、お腹の虫がまた鳴いた。
まだかな、なんて思いながら額をテーブルに押し付けた時、

「花白、……寝てるのか?」
「起きてるよ」

空腹で張りのない声を返したら、なら来てくれと呼ぶ声が。
呼ばれたことが嬉しくて自然と足取りが軽くなる。
ほんの数歩の距離なのに、おかしな話だと思うけど。

なに? と首を傾げて問えば、僕の顔を見て玄冬が笑う。
何なのと更に重ねて尋ねたら、指で額をつつかれて。

「赤くなってるぞ」

なんて、言われた途端に顔が火照った。
見ないでよ! とそっぽを向いて、前髪で隠そうとしたけれど。
すぐに消えるとやんわり諭され、渋々玄冬に向き直った。





「それで、何?」

熱の残る誤魔化すように、少し投げやりな口調で問う。
玄冬は一度ぱちりと瞬き、ああそうだったと呟いて、

「まだ熱いから気を付けろよ」

そんな言葉を携えて、差し出されたのは菜箸だった。
つままれているのは何かの塊。お肉……のようにも見えるけど。
見た目鶏肉味シイタケの謎物体を食べた経験が油断するなと告げている。

「安心しろ。ちゃんと肉だ」
「ちゃんとって……まあ、いいけど……」

思考を読んだような玄冬の言葉に内心ドキリとしたけれど。
覚悟を決めて差し出した手は、待てど暮らせど空のまま。
あれ? と再び玄冬を見ると、菜箸がズイと近付いて。

「……」
「、……」

沈黙が、落ちる。
玄冬の顔と菜箸の間を僕の両目は行ったり来たり。
対して玄冬は真っ直ぐに、僕の目だけを見据えていて。





結局、折れたのは僕の方。
顔が熱くなるのを自覚しながら、はく、と小さく口を開ける。
口内にぽんと入ってきたのは確かに肉のようだった。

もくもくとそれを咀嚼して、ふ、とひとつ息を吐く。
味はどうだと問う声に、おいしいよ、と頷いて。

「でも、もう少し塩が欲しいかな」

言うと玄冬はそうかと微笑い、塩をぱらりとひとつまみ。
くつくつことこと鍋を鳴らして、もう少しだぞと囁く声。
どこか嬉しそうな玄冬の声に、心がじんわり熱を持つ気がした。










リクエスト内容
「幸せな玄花」

彩燕さまへ

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