じっと見詰めるその横顔に窓越しの光がちらりと落ちた。
眩しそうに細められた藍が、一度瞬き僕を見る。
あ、と頬杖の顎を浮かせて、かち合った視線に少し戸惑う。
けれどもふわりと笑みを向けられ、釣られてふにゃりと笑ってしまった。










─硝子越しに見る彼の人の世界─










薄い薄い硝子越しに温かな視線が降り注ぐ。
玄冬はページを繰る手を止めて、そのままぱたりと本を閉じた。
流れるような滑らかな動作で今度は眼鏡に手を掛ける。
カタ、と机にそれを置き、どうした? と僅か首を傾げて。

「えっと……あのね、」
「うん?」

口にしようか止めようか、ほんの少しだけ迷ってしまう。
彷徨う視線は眼鏡を捉えて、それから玄冬の顔を見た。
不思議そうに、けれど優しく、僕の言葉を待っていてくれる。
それが何だか嬉しくて、おずおずと紡いだ小さな願い。

「……その……眼鏡、借りちゃ駄目かな、って……」
「眼鏡を、か?」
「う、ん」

駄目? と上目に視線を投げれば、構わないがと淡い笑み。
手渡された眼鏡をそっと受け取り、手の中のそれをしげしげ眺めた。
楕円の形の薄い硝子と緩やかな曲線を描く蔓。
少し力を込めただけでも壊れてしまいそうなくらいに華奢で。

眼鏡を持ったまま席を立ち、木漏れ日の眩しい窓辺へ向かう。
恐る恐る蔓を開いて、そっと顔に近付けた。





眼鏡を掛けた玄冬の目には、どんな世界が映るのだろう。
そう思いながら覗いた硝子、けれどもぐにゃりと視界が歪んだ。
ぼやけ霞んだ境界線と左右の視界が不自然に重なる。

慣れない感覚に傾いだ体。倒れると思ったその矢先。
ガタンと椅子を蹴る音と、僕の名を呼ぶ鋭い声。
床に転がる衝撃はなく、けれど口元に何かが当たった。

咄嗟に閉じた目の下で、あれ? と小さく首を傾げる。
恐る恐る瞼を開くと視界いっぱいに玄冬の顔。
大きく大きく藍を見開き、次の瞬間、真っ赤になった。

ぐいと押し退けられて初めて玄冬を下敷きにしていると知る。
慌てて跳ね起き謝って、大丈夫? と問うけれど。
玄冬は何故か視線を逸らして、そのまま黙り込んでしまった。

真っ赤になった頬だとか、口元を隠す手のひらだとか。
僅かに寄った眉間の皺がいたずらに不安を掻き立てる。

頭を打ったりしていないかと顔を覗き込もうとして。
けれども玄冬は慌てたように、大丈夫だと肩を押す。
本当に? と重ねて問えば、しつこいぞ、と窘められた。





耳に引っ掛かったままの眼鏡をそっと外して机の上へ。
本を片付けに部屋へと戻る玄冬の背中を見送った。
はあ、吐き出す溜息は重く、そのことに少し苦笑する。
あんな目眩を覚えるなんて、これっぽっちも思わなかった。

彼の人の目に映る世界。
それがどんなものなのか、分からなかったのは残念だけど。

そういえば、と思考が廻る。
どうして玄冬は真っ赤になって、あんなに慌てていたんだろう。
首を傾げて考えて、はたと気付いて呼吸が止まる。

唇に触れた柔らかさだとか、あまりに近い顔だとか。
まさかまさかと打ち消そうとして、それも叶わずまたぐるぐると。

ぼんっと顔が熱を帯び、思わず両手で頬を押さえた。
吃驚するくらい熱くって、居た堪れなさに下を向く。
ゴンと額を机に落とし、うああ、と小さな声で呻いた。










リクエスト内容(意訳)
「玄冬から眼鏡を借りた花白 事故ちゅう 甘め」

軽津さまへ

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