こっちこっちと手を引かれ、辿り着いたのは執務室。
扉の前で立ち止まったきり、はなしろはそこから動こうとしない。
どうしたんだと問いを投げれば、しぃ! と指で制される。
それからそろりと扉を開き、隙から中を伺って。
と、不意に響いた呼び声に、はなしろの肩が大きく跳ねた。










―幼いが故、背負う罪―










声と同時に開かれた扉と、どうかしたかと投げられた問い。
揃って見上げた視界には隊長の顔が映り込む。
招かれるまま扉を潜り、二人並んで長椅子に座った。

コトンと置かれた白磁の茶器には澄んだ水色の香茶が揺れる。
菓子皿を置いた隊長の袖を、はなしろの手がきゅっと握った。

「……はなしろ?」

どうしたんだと問う声に、はなしろはじっと隊長を見る。
への字に結ばれた唇を開き、ほろりと言葉を吐き出した。





「ぼくは銀朱のこと、好きだからね」
「……なに、」

思いもよらない一言を受けて隊長の目が丸くなる。
次いではなしろはこちらを見、ずい、と僅かな距離を詰めた。

「ね、くろとも好きだよね?」
「……あ、ああ」

不意に問われて思わず頷く。
それ以外の反応を持ち合わせてはいなかったから。
するとはなしろは満足そうに、にこりと笑って言葉を続けた。

「お見合い失敗しちゃったからって落ち込んでちゃダメなんだからね!」

余りにも無邪気なはなしろの台詞に、隊長はごほっと咳き込んで。
誰から聞いたそんなこと! と整わない息でそう問うた。
はなしろはきょとりと一度瞬き、大きいの、と短く答える。





「お見合いが破談になっちゃったから、今日は優しくしてあげるんだぞって」

言ってたよ、と笑顔のままで。隊長の背中をさすりながら。
そんなはなしろを誰が止められるだろう。
されるがままの隊長も、複雑そうな表情で。
救世主……! と低く吐き出し、けれどもそれきり口を噤んだ。

「元気出してね、銀朱!」
「ああ、……そうだな……」
「もしまたお見合いが駄目になっちゃったら、ぼくのお嫁さんにしてあげるからね!」

見合いが壊れることが前提なのか、とか、嫁は違うだろう嫁は、とか。
頭の中を駆け巡る言葉をどうにか堪えて飲み込んで。
何も言えない隊長の肩に、ぽん、と俺は手を置いた。

「大変なんだな、色々と」

最早応える気力もないのか、隊長はがっくりと肩を落として。
だいじょうぶ? と問うはなしろに、ただ力なく頷き返した。










リクエスト内容(意訳)
「こくろとこはなに慰められる見合い破談の銀朱 ほのぼの」

軽津さまへ

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