今日は大事な式典だぞと朝から喧しい声がした。
わかってるよと返事だけして毛布を頭から被り直す。
仮病でも使いたいところだけれど、それが通じる相手じゃない。
うっかり通用してしまったら、それはそれで面倒だ。
少し考え体を起こし、視線を部屋の隅へと投げる。
皺ひとつない白い服を見、はあ、と深く溜息を吐いた。
─喰らう色彩─
のろのろと毛布から這い出して、用意されたそれと対峙する。
睨んでも何の効果もないと頭ではわかっているけれど。
苛立ち紛れに舌打ちひとつ、引っ手繰るように手に取って。
身に着けた夜着を手荒く脱ぎ捨て、白い衣装に袖を通す。
無駄に滑らかな布の感触、ひやりと冷たいその印象。
釦をひとつ留める度、気分も体も重さを増して。
二つか三つ残した所で扉を叩く音がした。
入るぞと響く馴染んだ声と、次いで現れた白い影。
一瞬誰だかわからなくて、思わず身構えてしまったけれど。
「なんだ、まだ済んでいないのか」
呆れたように眇められた目と、再びの声に力が抜ける。
煩いな、と返した声は、硬くなっていないだろうか。
そんな僕の心配を余所に銀朱はこっちに近付いてきて。
なんだよ、なんて睨んだら、じっとしてろと声が降る。
僕の襟元に手指が伸びて、ひとつふたつと釦を留める。
続いて柔い絹を取り、しゅる、と緩く首に巻いた。
「……それくらい、自分で出来る」
「出来てもやらんだろう、おまえは」
「……へたくそ」
「喧しい」
不格好なそれを引き抜くと、むっとしたような視線が刺さる。
素知らぬ顔で結い直したらフンと銀朱が鼻を鳴らして。
曲がっているぞと小さく零し、きゅ、と襟元を整える指。
急所を掠めるその感触にほんの一瞬息を詰めた。
「……なんだよ」
無言でじっと僕を見る目。居心地の悪さに僅か身じろぐ。
声を漏らせばはっとしたようで、ああ、いや、と言葉を濁して。
束の間泳いだ蒼い視線。けれどもすぐに僕を射抜く。
ほんの少しだけ目を細め、ふ、と淡く息を吐いた。
まるで、そう、微笑うみたい、に。
「似合っているな」
「……は、」
投げられた言葉を耳が拾って、なのに頭は理解を拒む。
冷えた指を握り込み、相手を見据え、フンと鼻で笑い飛ばした。
「そっちこそ、その格好だとそれなりに見えるじゃない」
「なっ」
「まあ、いつもの地味な隊服の方がお似合いだけど」
言うなりくるりと踵を返し、ほら急ぐんだろと一歩踏み出す。
名を呼ぶ声も説教も、背中で聞いて聞かぬふり。
退屈な式典が終わるなり、自室へ戻り白を剥ぎ取る。
ばさばさと脱ぎ捨てたそれらの衣服を拾い上げる手はあいつのもので。
いつもと変わらぬ眉間の皺と、咎める色を宿した眸。
その身に纏うのは白ではなくて、見慣れた地味な色味の隊服。
何をしていると叱りつける声には思わず煩いと返したけれど。
気付かれないよう吐き出した呼気。
そこに滲んだ安堵の色には気付かないふりで目を伏せた。
リクエスト内容
「正装」
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