呼ばれ訪れた謁見の間で、言葉もなくしてただ立ち尽くす。
眼前の玉座には彩王陛下が薄い笑みを湛えていて。
数歩の距離に佇んでいるのは七つ年上の幼馴染。
眉間に僅かな皺を寄せ、物言いたげにこちらを見ていた。
─不可視の想い─
陛下があなたをお呼びですよ、と。そう告げたのは白梟だった。
大切なお話があるそうですから、急いで支度をなさい、と。
否定の言葉を投げることなど僕に出来ようはずもなく。
はい、と短く返事だけして、視線をツイと床へと逃がした。
どうせまた「仕事」の話だろう。
今度こそ戦に駆り出されるのだろうか。
そんなことを考えながら服を着替えて溜息を吐く。
普段よりもきっちりとした着慣れない服に袖を通して。
正装程ではないにしろ、少し窮屈で溜息が零れた。
歩み至った扉の前で両の足をぴたりと止める。
すう、と深く呼吸をし、手の甲で扉を二度三度。
一拍程の間を置いた後、返って来たのは応答の声。
入室を促す言葉を受けて、失礼しますと扉を開けた。
コツコツと歩む靴音が、だだっ広い室内に大きく響く。
玉座の前まで進み出て、ようやくその足を止めることが出来た。
何故だか隣に佇んでいる幼馴染は無視するとして、まずは陛下に挨拶を。
お久しぶりです、とか、お元気そうで何より、とか。
そんな詰まらない言葉を投げて、上っ面だけの笑みを浮かべる。
相手も重々承知だろうに、同じような調子で返してくるのだ。
大きくなったな、だの、少し前はこんなに小さかったのに、だのと。
「ところで陛下。大切なお話があると伺いましたが、」
僕に何かご用ですか、と。
上辺だけの遣り取りに飽いて、ポンと無造作に投げた問い。
銀朱の視線が突き刺さるけど気付かない振りを通し続けて。
「ああ、そうだったな。今さっき銀朱とも話していたのだが、」
言いながらちらと銀朱を見、構わないだろうと陛下は紡ぐ。
銀朱はぐっと言葉に詰まり、僅かに視線を彷徨わせて。
躊躇い躊躇い口を開いて、先ほど申し上げた通りです、と。
蚊帳の外にいる僕からすれば、さっぱり訳が分からなかった。
「第三兵団隊長にも、関係のあるお話で?」
焦れて投げ付けた問い掛けに、国王はそうだと頷いて。
それから薄い笑みを湛えて、そろそろ頃合いだと思ってな、と。
言いながら銀朱と僕とを見、くっと口角を上向けて。
「おまえ達ふたりの、縁談の話だ」
紡ぎだされたそれらの言葉は耳にするりと飲み込まれた。
鼓膜を震わせ神経を伝い、脳へと至ったはずなのだけど。
どこかしらで情報が滞ったらしく、うまく考えが纏まらない。
陛下は今なんて言ったのだろうと呆けたように瞬くばかりで。
「似合いだとは思わないか、救世主」
低く呼ばれた肩書きに、ひく、と小さく身体が跳ねた。
じっとこちらを見据えてくる目に気圧されまいと拳を握る。
ぎり、と奥歯を噛み締める音が脳に直接響く気がした。
「似合い、とは……?」
「救世主と、救世主の血を引く者同士なのだから。これ以上に似合う相手はおるまい」
言いながらゆったりと指を組み、僅かに身を乗り出すようにして。
嫌なら断っても良いのだよ、と。優しげな声色で言うけれど。
どうするかな、と問う声に、ぐるぐると思考は渦を巻く。
嫌だと言うのは簡単で、けれども解決にはならない。
婚姻の相手が銀朱になるか、どこの誰とも知らない馬鹿貴族になるか。
そんな違いしかないのだから。
「僕はてっきり王族の方と結婚させられるものだと思ってました」
「させられる、か。手厳しいな」
くつくつと笑う声がする。その音が、神経を掻き毟る。
今すぐここから出て行きたいのを懸命に堪えて唇を噛んだ。
ひとの人生を何だと思っているのかと、そう思っても口には出せない。
言ったとしても相手は笑って、それは悪かったと紡ぐだろう。
少しも悪びれる様子は見せずに、口先だけで謝罪して。
噛み締めた奥歯から力を抜いて、す、と両目を細めてみせる。
口角は緩く弧を描き、わかりましたと言葉を紡いだ。
「そのお話、お受けします」
「、花白」
咎めるように名を呼ぶ声には視線のひとつも投げてはやらない。
ただ真っ直ぐに陛下だけを見、挑むように微笑んでみせた。
どちらにせよ僕に相手は選べないのだから。
それならば、と思ってのこと。
陛下は満足そうに頷き、そうかそうかと笑みを浮かべる。
祝いの支度をせねばならんと、どことなく楽しげな顔をして。
それでは僕は失礼しますと一礼の後、踵を返した。
コツコツと響く足音が、苛立ちに僅か尖って聞こえる。
引き留めるような銀朱の声が、背中にさくりと刺さったけれど。
今は顔を見られたくなくて、歩調を緩めず廊下へと出た。
噛み締め過ぎて切れた唇。頬を伝って流れる涙。
どちらも見られる訳にはいかず、ただただ前へと足を進めた。
嬉しいと思うはずなのに。
嫌いじゃないのに。好き、なのに。
素直に喜べないことが、痛くて痛くて仕方がなかった。
リクエスト内容(意訳)
「陛下から直々に婚約(結婚)を薦められる銀花」
日向凛さまへ
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