ほろりと零した言の葉に、一対の蒼が丸くなる。
ああ言わなければ良かったな、と思ったところでもう遅い。
吐き出した声も込めた想いも、なかったことには出来なくて。
俯きそうになるのを堪え、きゅっと唇を噛み締めた。
─残響─
冗談は止せと低く告げられ、両の拳を強く握った。
いっそこのまま殴ってやろうか。
そんな魅力的な考えが浮かぶも、実行になど移せない。
本気だよ、と吐いて捨てれば、銀朱は今度こそ言葉を失くして。
瞬きの仕方を忘れたかのように、両の目は見開かれたまま。
苛立ちに任せて相手を睨み、その襟元を手荒く掴む。
ぐいと引き寄せ口づけて、突き放してやるつもりだったのに。
服の布地を握る手が、食い込ませた指が、離れない。
堪らず視線は下へと落ちて、瞼を下ろし、世界を閉じる。
塗り潰された暗い視界の、隅の方から呼ぶ声が。
顔は上げられないままで、何、と短く硬い音。
本気なのかと再度問われて、くどいとばかりに噛み付いた。
小さく息を飲む音と、舌に滲んだ血の味と。
いい気味だ、なんて内心思い、ほんの少しだけ取った距離。
丸くなるばかりだった蒼色が、す、と鋭く細められて。
ちらちら瞬く光と熱とに背筋をぞくりと何かが駆けた。
相手の眉間には薄い皺。口端は僅か上を向く。
聞くことなど出来ないと思っていた言葉が、ほろりと零され鼓膜に落ちて。
驚き思わず相手を仰ぐと、額にひとつ口づけられた。
肉刺と胼胝のある硬い手のひらが、髪を梳いて、額を撫ぜて。
くすぐったさと気恥ずかしさから視線を逸らして首を竦めた。
やんわり掴まれた両の肩。そっと押されて天井を仰ぐ。
きし、と小さく寝台が軋み、背中に軽く柔な感触。
覆い被さった銀朱の手指が服の釦を器用に外す。
ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ。
寛げられた衣服の隙から肌をするりと撫ぜられた。
首筋、鎖骨と口づけられて、その都度ひくりと身体が跳ねる。
意図せず吐き出してしまいそうな甘ったるい声を必死で堪えて。
けれども鼻から零れた音に耳を塞いでしまいたくなった。
下肢に触れられ身体が強張る。
芯を持ち始めた中心を、大きな手のひらが包み込んで。
やわく握られ、緩急をつけて、少しずつ少しずつ追い詰められる。
いやいやをするみたいに首を振っても、その手が止まることはなく。
宥めるように名を呼ぶ声すら、今は熱を煽るだけ。
嬌声を抑えることなど忘れて、ただただ胸を喘がせた。
迎えた絶頂、吐き出した熱。
ぽんと虚空に投げ出された思考は霞が掛って働かない。
荒い呼吸を繰り返し、ぼんやりと銀朱の顔を見上げる。
眉間に浅い皺を刻んで、大丈夫かと気遣わしげに。
今更何を言うのだろう。
そう思いながら笑みを浮かべて、力の入らない腕を上げる。
頬を掠め、耳を擽り、汗で湿気た髪に指を通して。
抱き込むように引き寄せて、掠れた声を耳朶に注いだ。
そっと咥えた指の先、そろりそろりと舌を這わせる。
ペン胼胝の出来た中指の、爪と肉の境をなぞった。
時折舌を撫ぜられて、苦しい息が鼻から漏れる。
くぐもった声まで零れてしまって、じりじりと熱が上がる気がした。
脚を開いて、膝を立てて、居た堪れなさに顔を背ける。
自分でも触れたことのないような箇所を、銀朱の指がツイと撫ぜて。
纏わりついた唾液のせいか、ひやりと冷たくて震えが走った。
本来なら受け入れる器官ではないのだし、ましてや今日が初めてで。
だからすんなりいくはずがないと、頭では解っていたのだけれど。
指の先が入っただけでも言い様のない違和感に襲われた。
痛くて、苦しくて、ほんのちょっとだけ怖いけど。
少しでも怯える素振りを見せたら銀朱は動きを止めてくれる。
大丈夫かと、無理はするなと、気遣う言葉を投げてくれる。
それは素直に嬉しいけれど、その優しさがもどかしくって。
荒く乱れた呼吸の合間に、いいから、早く、と言葉を紡ぐ。
ほとんど音にはならなくて、伝わるはずがないと思ったのに。
束の間すべての動きが止まって、銀朱の両目が丸くなる。
ぱしぱしと瞬き僕を見て、静かにひとつ頷いてみせた。
軽く腰を浮かされて、宛がわれた熱に息を飲む。
しつこいくらいに解されたそこに、指とは違う圧迫感。
ひ、と引き攣る悲鳴を上げて、軋むほどに背を撓らせた。
ぐずぐずと埋まる熱の塊が、奥へ奥へと向かっていく。
焦れるくらいに時間を掛けて、少しずつ、少しずつ。
込み上げて来るのは吐き気にも似た苦痛と甘さを孕んだ何かで。
一息に吐き出してしまいたいのに、喘ぐばかりで叶わない。
は、と相手が息吐く気配に、滲んだ視界を上へと向ける。
少しだけ、辛そうに。苦しそうな、顔をして。
眉間に深く皺を刻んで、それでも静かに僕を見てた。
脚を支える手が離れ、そうっと頬に添えられる。
指の腹で涙を拭って、大丈夫かと案じる声が。
整う気配のない息の下で、うん、とひとつ頷き返す。
たったそれだけの動作だというのに、身体中に響くみたいで。
小さく零した声だとか、縋る先を求めて彷徨う手だとか。
そんな些細なことにすら、逐一反応する様がおかしい。
けれど同時に嬉しくて、伸ばした腕を首に絡めた。
それからのことは正直なところ、あまり覚えていないのだけど。
ただ馬鹿みたいに優しい手付きと触れられた箇所の熱さだけは覚えてる。
弾けて散った意識と熱と。高く尾を引き消えた声。
くらくらと眩暈にも似た感覚の中、開けたままの視界はどこか朧で。
とす、と傍らに落ちて来たのは汗で湿気た銀色の頭。
肩で大きく息をしながらも、蒼い目は僕を捉えていて。
音を伴わない声で、唇の小さな動きだけで、名前を、呼ばれたような気がする。
なに、と返せば相手は目を閉じ、いいや、と微かな笑みを浮かべた。
汗で貼り付く額の髪をそっと摘んで払う指。
泣き腫らした目元をやんわりなぞり、頬に残った涙を拭った。
くすぐったさに首を竦めたら、く、と顎を掬われて。
音もなく重なった唇は、なんだか少し塩辛い。
こうして口付けられるのは、初めてのことかもしれないな。
働きの悪い思考の隅で、そんなことをぼんやり思った。
リクエスト内容(意訳)
「初夜」
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