優しく差し込む午後の日差し。やわらかく鳴き交わす鳥の声。
紙の擦れる微かな音と、羽ペンが紙を掻く音と。
思考を遮る喧騒のない、とても穏やかな昼下がり。

仕事も捗ると思っていたのに何故だかペンは止まりがちで。
それでも粗方片付け終えて、銀朱はカタンと席を立った。










―仲間はずれは誰―










文官へ書類を届けるついでに馴染んだふたつの春色を探す。
普段ならすぐ見付かると言うのに、今日はどうにも勝手が違った。

小さな小さな花白の、幼い声が聞こえない。
きゃらきゃらと楽しげな笑い声も、猫の子のように泣きじゃくる声も。
どれだけ耳を澄ましてみても、気配の欠片すら拾えない。
静か過ぎるのも厄介だなと銀朱の顔には苦い笑み。

中庭を覗いたその足を今度は城の奥へと向けた。
花白の部屋で不在を確かめ、ここも外れかと舌打ちひとつ。
擦れ違う女官に尋ねても、知らないと首を振るばかり。

「……まったく……」

一体どこへ行ったのか。
苛々と髪を掻きながら、一枚の扉に目を向ける。
二三度叩いても返事はなく、ここにもいないかと踵を返して。

ぼて、と何かが落ちる音がし、はっと足を止め振り返る。
耳慣れた声を聞くが早いか、ここか! と扉に手を掛け開いて。





「っ、花白!」

考えるより先に動いた体は柔い何かを下敷きに。
飛び込むようにして受け止めたのは小さく愛しいぬくもりで。
腕にずしりと掛かった重みと幼い声に息を吐く。

床にべったり寝そべったまま、大丈夫かと投げた問い。
小さな花白はきょとりと瞬き、ぎんしゅ? と不思議そうに首を傾げた。
花白を抱きながら身を起こし、ほら、とウサギを握らせる。
腹で潰してしまったそれを見、きゃあと子供は声を上げた。
受け取って、抱き締めて、歯形の付いた右耳をかじる。
こら、と小さく窘めたら、不満げに口を尖らせた。

床に落としたこのぬいぐるみを花白は取ろうとしたのだろう。
寝台の上から身を乗り出して、短い腕を懸命に伸ばして。
大人が腰掛けるに適した高さ、そこから赤子が転げ落ちたら?
想像するだに恐ろしく、銀朱は目を閉じ頭を振った。
花白に怪我がないことを確かめ、ようやく床から身を起こして。





「……、……」

膝立ちの視線、やや下あたり。真白いシーツに散らばる鴇色。
絵本や玩具に埋もれるように、すよすよと寝こける春色の片割れ。
束の間呆けた思考回路は次の瞬間ぶつりと切れた。

「貴ッ様一体何をやぶっ」

べちんっと小気味良い音がして、銀朱の怒号が遮られた。
その横面を引っ叩いたのはまだまだ柔い花白の手で。
銀朱をきっと睨み据え、めっ、と拙い言葉を投げる。

「な、にをするんだはなしもっ」

まるで「喋るな!」と言うかのように、小さな手のひらを銀朱の口に。
力一杯押し付けながら、めなの! と甲高く声を荒げた。

分かった分かった、分かったからと小さな手のひらを外させて。
静かにすればいいんだな、と潜めた声には満足げな笑み。
こくんとひとつ頷いて、いい子、と銀朱の頭を撫でた。

寝こける月白の毛布を整え、静かに静かに扉を閉じる。
仕方がないかと溜息を吐き、向かう先には執務室。
大人しくしてろよと頬をつつけば、小さな乳歯に指を噛まれた。





数刻後、目覚めた月白は血相を変え、花白がいない! と大騒ぎ。
慌てふためき裸足のままで執務室の扉をドバンッと開いた。
大変タイチョー花白が! と言い掛けた口から声は出ない。
代わりに小さな溜息と、しょうがないなと言いたげな笑み。

と、不意にひょいと腰を曲げ、床に転げたウサギを拾う。
あーあ、と小さく声を漏らして、くたりと垂れた右耳を見た。
涎が乾いてかぴかぴになった白い毛並みに苦笑して。

柔く笑んだ視線の先には長椅子に座った銀朱の姿。
その腕に抱かれた花白とふたり、静かに寝息をたてていた。










リクエスト内容(意訳)
「銀朱と未来救とちびちろ」

鬼灯さんへ

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