縮んでしまった花白を前に、またか、と深い溜息を吐く。
不安げに歪んだあどけない顔と、ふえ、と泣き出しそうな声。
慌てて差し伸べた両の手を嫌がる素振りは窺えない。
やっと馴れてくれたのかと胸を撫で下ろしたのも束の間。
ふにゃりと柔な感触に、心臓が大きくどきりと跳ねた。
あたたかくて、やわらかくて、吃驚するほど小さな体。
壊さないよう抱き上げた腕で、いつしか子供は夢の中。
それにつられて瞼を閉じると意識は睡魔に攫われた。
―ねむりねこ―
ふっと意識が浮き上がり、重い瞼をゆるりと開く。
眠ってしまっていたのかと寝呆けた頭でぼんやり思った。
霞の掛かったような思考がちらりと何かを煌めかせる。
何だ? と内心首を捻って、はっと両腕に意識を向けた。
見開いた目に写っているのはふわふわ揺れる柔らかな髪。
赤子は腕に抱かれたままで静かな寝息をたてていた。
うにゃ、と小さな寝言が聞こえ、ほっと胸を撫で下ろす。
長椅子に身を横たえたまま、小さな頭をくしゃりと撫でて、
「……うん?」
手のひらに受けた違和感に赤子を撫ぜる動きが止まる。
確かめるように再度触れると、やはり何かが違っていた。
髪に似ていて髪ではなく、耳だとしたら場所がおかしい。
温かく柔らかなその感触を、自分は知っているはずなのだけど。
いやいやまさか有り得ない。
そう脳内で否定をし、眠る赤子を起こさぬようにもそりとその場に身を起こした。
ずる、と滑る小さな体を左の腕で抱いて支えて。
勘違いであって欲しいと願いながら、小さな頭を目に映す。
と、
「……、……」
言葉を失くした口は開いて、閉じられぬままの間抜け面。
瞬きを放棄した目は丸くなり、乾きを覚えてようやく閉じる。
いやこれは夢だそうに違いない。
と一縷の望みを指先に込め、そうっとそれに触れてみる。
ぴる、と小さく震えているのはヒトのものではない耳だった。
希望を打ち砕いたその三角形は真っ白な毛で覆われている。
束の間覗いた内側は柔らかそうなピンク色。
くすぐったいのか何度も何度も小さな動きで震えていて。
体を支える左の腕にも何かふわふわしたものが触れた。
慌ててそちらへ目を遣れば、手首にやんわり巻き付く何か。
耳と同様の白い毛で覆われている細くしなやかな尻尾があった。
ひょこりひょこりと尾の先が揺れ、その都度さわりとこそばゆい。
はあ、と零した溜息が柔らかな髪をふわりと浮かせる。
幼児の次は猫か、と。諦めにも似た心地で思った。
きちんと元に戻るだろうか、猫は苦手な相手だが、と心配事が脳裏を巡る。
けれど、
「……、……」
かわいいな、と声なく紡ぎ、眠る子供をじっと見た。
不安や心配を差し引いて尚釣りが来るほど可愛いのだ。
あどけない寝顔が傍近くにあり、耳と尻尾のオマケ付き。
泣き出すと手に負えなくはなるが、見れば見るほど愛らしい。
笑えば一層可愛いだろうに未だ笑顔を見せてはくれない。
泣いて泣いて泣き疲れて、ことりと眠りに落ちてしまった。
そっと伸ばした手の先で、小さな頭をやんわり撫ぜる。
やや伏せ気味な耳の毛並みを乱さないよう気を配って。
と、赤子が微かな声を漏らし、薄い瞼をゆるりと開いた。
口端にきらと光る涎で胸元が冷たいと今更気付く。
そんなことすら気にならないほど寝呆けた子供は愛らしかった。
赤子特有の曖昧な音をうにゃうにゃと漏らし指を銜える。
その赤い目がこちらを向いて、瞬間、丸く瞠られた。
どうした? と声を掛けようとして、けれども思わず口を噤んだ。
左手に触れる細い尾が、ぶわっと倍に膨れたからだ。
耳はぐいと後ろを向いて、怯えたように震えている。
「花白? どうかし」
「、ぇ……っ……うゃあああああん……!」
突如響いた大音量に一瞬意識が遠退いた。
全身でじたじたと暴れる赤子を取り落とさぬよう抱き締める。
けれどもそれが気に入らないのか抵抗は激しさを増すばかり。
短い手足を振り回し、顎や腹をぽこぽこ打った。
泣き叫び過ぎて咳き込む赤子の小さな背中をやんわり叩く。
よしよしいい子だと見よう見真似でゆらりゆらりと揺らしあやして。
えぐ、と零れる泣き声と、肩口に染みる涙と鼻水。
幾分か弱くなった赤子の訴えに、笑顔は遠いと苦笑した。
リクエスト内容(意訳)
「ちびちろに猫耳 平静を装いつつ内心萌える玄冬」
紗由さまへ
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