ねえ玄冬、と呼ばわる声と柔らかく浮かべられた笑み。
友人として、家族として、親しみを込めて接してくれる。
そんな花白を愛しく思いこそすれ、不満など抱こうはずもない。
けれども胸に蟠る、このもどかしさは何だろう。










─跳ねる手のひら─










ぱたぱたと駆け寄る足音を聞き、作業の手を止め顔を上げた。
かち合った視線、瞬く緋色。ふわり綻び広がる笑顔。
ただそれだけのことだというのに心臓が一度大きく跳ねた。

背中に受けた相手の重みと首元に回された両の腕。
きゅう、と柔く力を込められ、吐息の笑みがいやに近い。

「……花白、」
「なぁに?」
「どうか、したのか」

ばくばくと煩い心臓の音を悟られないよう言葉を紡ぐ。
けれども花白は首を振り、一層腕に力を込めた。

こうしてぴったりくっ付かれるのは一度や二度のことではない。
今までは適当にあしらって、どうにか事なきを得てきたのだ。
必死で表情を繕って、溢れそうな想いに蓋をして。

「花白、おい」

離れろと言っても聞く耳持たず、今度は頬を摺り寄せてくる。
相手の顔を伺おうにも、背中に埋められ叶わない。
あまりのことにどうしたものかと考えることすら出来ず仕舞いで。





「……あったかい……」

ほう、と零れた吐息と声とが鼓膜を柔く擽って。
堪らず無理矢理振り返り、花白の肩をぐいと押した。
ふたつの緋色がきょとりと瞬き、玄冬? と不思議そうに俺を呼ぶ。

眉間には深く皺が刻まれ、口はへの字を描いているだろう。
どこか不安げな声色で、怒ってる? と花白は問うた。
それには答えず抱き寄せて、驚く気配は腕の中。

束の間体を硬くして、それからおずおずと顔を上げる。
表情を見られる訳にはいかず、相手の首元に鼻先を埋めた。
くすぐったいのか身を捩り、けれども逃げようとはせずに。

「え、と……玄冬……?」
「……、……」

名を呼ばれても声は返せず、ただ両腕に力を込めた。
花白の腕が背に回されて、そろりと這わされ添えられて。
そこまでは嬉しく思っていたのに、ぽんと跳ねた手に苦笑した。





大丈夫だよとでも言うかのように繰り返し跳ねる小さな手のひら。
どこか慈しむように零された笑みは、この腕の中で消えていく。

蟠る想いを胸に抱えて、はあ、と重たい溜息ひとつ。
花白の肩がぴくりと震えて、どうしたの、と淡い声。
何でもないと首を振り、両腕に柔く力を込めた。

いつになったら、どれだけ待てば、抱えた想いは伝わるだろう。
口に出さねば届かないのだと、ちゃんと解っているはずなのに。
気付いて欲しいと願いながらも気付かれることをどこか恐れて。

家族として、友人として、花白は接してくれている。
けれどそれでは足りないのだと、どうして口に出来ようか。
こうして触れ合えるだけでもいいと、そう思えたら楽なのに。

俺が何を思っているのか、きっと花白は知らぬまま。
ただ大人しく身を任せ、宥めるように背を撫でてくれる。
小さな手のひらの感触に、そっと目を伏せ息を吐いた。










リクエスト内容(意訳)
「家族愛な花白と恋愛感情持ちな玄冬 玄冬はやきもき」

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