どんな思いで、生きたのだろう。
幼い頃からその成長を見守ってきたはずなのに、何ひとつ知らないままだった。
欠け落ちた何かを掬い上げようにも、この両腕では届かない。
春告げの花が開く頃、子供はひっそりと息を引き取った。
─飛梅─
拭き清められた華奢な体は骨と皮ばかりにすら見える。
色を失った青白い頬は精巧な蝋細工のようで。
そうっと這わせた指の先、受けた感触は冷たく硬い。
指先が覚えているあの柔らかさは、どこにも見付けられぬまま。
「……花白、」
冷たい頬を手のひらで覆い、親指でツイと口元をなぞる。
くすぐったそうに笑う声はいつまで経っても聞こえてこない。
薄い唇はひやりと冷たく、言葉も吐息も零さなかった。
伏せられたままの瞼の下には今も緋色があるのだろうに。
二度と開かれることはなく、私の姿も映さない。
感情にくるくると色を変えたそれは、濁ってしまっているのだろうか。
救世主としての役割を果たし、ほどなく病に倒れた子供。
医師も薬師も手を尽くしたが日に日に子供は痩せ衰える。
苦しいだろうに、辛いだろうに、当人は何ら気に留めなかった。
迫り来る時を出迎えるように、ただ穏やかに生きていたのだ。
周囲の想いなど知りもせずに。一点だけをじっと見据えて。
「……悪い子だ」
込み上げてくる遣る瀬無さを、言葉に含ませほろりと零す。
眠る子供には届かないのだと頭では理解しているけれど。
子供が親より先に逝くなんて、これ以上ない親不孝者だ。
血の繋がりなど関係ないと、ずっとずっと思っていたのに。
言葉にはせず抱えた想いが子供に伝わることはなく。
総てを拒み自らを責めて、花白は灯火を吹き消した。
伝えていれば違ったのかと思い悩めどもう遅い。
「君は生きなければならなかったんだよ」
今まで殺めた者の分まで生き続けなければならなかったのに。
あまりにも容易く命を手放し、子供は総てを捨ててしまった。
「生きて、ほしかったよ。花白」
どれだけ言葉を連ねても、心を砕いて含ませても、もう届かない、伝わらない。
頬に添えていた手を除けて、取り出したのは小さな花。
溢れんばかりの花々の前では霞んでしまう地味なそれ。
手のひらの上でころりと転がし、指先でそっと摘み上げる。
「もう少しだけ、待っておいで」
じきに私もそちらへゆくから。
そう囁いて身を屈め、冷たい額に口吻けひとつ。
桜の髪を梳いて整え、そっと抉じ開けた口の中へと梅一輪を忍ばせた。
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