小鳥の囀る声を聞き、重たい瞼を持ち上げた。
二回三回持ち上げて、窓辺の光に目を細める。
朝だ。と、ぼんやり認識して、そっと毛布から抜け出した。
―ミルク色の朝―
扉一枚隔てた場所から、玄冬? と名を呼ぶ声がする。
隙からひょこりと中を覗けば寝癖頭の月白がいて。
眠そうな目を右へ左へ、何度も何度も彷徨わせた。
どうしたの、と声を掛けたらぱちりと一度瞬いて。
僕の目を見てふにゃりと笑い、寝起きの声で「おはよ」と言った。
もそもそと半身を起き上がらせて、寝台の上にぺたんと座る。
まだ眠いのか欠伸をひとつ、目尻に光る涙が見えた。
ふくふくと湯気の立つカップをふたつ、両手に持って部屋の中。
こっちこっちと手招かれるまま彼の隣に腰を下ろした。
はい、と差し出すカップを手に取り、彼は水面に目を落とす。
漂う湯気に鼻を寄せて、ひくひくと小さく動かした。
「……いい匂い。これ、なぁに?」
「カミツレのお茶にね、蜂蜜とミルクを入れてみたんだ」
気に入ってくれるといいなぁ、なんて、胸の中でこっそり思う。
細められる緋色、上を向く口角。ふふ、と零れた笑い声。
ふう、と息を吹き掛けて、月白の唇はカップの縁へ。
熱いからねと言うより先に、びくりと相手の肩が跳ねた。
空いた片手を口元へ、紅い目をぱちぱちと瞬かせて。
「大丈夫?」
「……たぶん」
「見せて」
「ん、」
べ、と出された舌の先、そこだけ赤が少し強い。
痛い? と彼を見上げて問えば、ひりひりする、と困った風に。
それでもカップに唇を寄せるから、懲りないなぁと小さく笑った。
熱いからねと言うまでもなく、ふうふうと息を吹き掛ける。
冷めたかな、と小首を傾げてカップを少し傾けた。
舐めるみたいにちびちびと、おっかなびっくり口の中。
こくりと喉が小さく鳴って、ほ、と息吐く音がした。
ふんわり咲いた柔らかな笑みに、こっちまでほっとしてしまう。
「やさしい味」
「ほんと?」
「うん」
両手ですっぽりカップを包み、あったかいねと幸せそうに。
だいぶ冷めてきたんだろう。見る見る中身が減っていく。
気に入って、くれたみたい。そう思ったら嬉しくて。
カップの底が見えた頃、こくりこくりと舟漕ぐ頭。
とろりと蕩けた眠そうな目も瞼の下に見え隠れ。
空のカップをそっと取り上げ、眠いの? と問いを投げる。
緩慢に頷くと髪が流れてさらさらと軽やかな音を奏でた。
ゆらゆら揺れる体が崩れて柔な毛布にもふっと埋まる。
そのまま眠ってしまいそうで、慌てて駄目だよと声を掛けた。
「ねえ、もうすぐ朝ご飯だよ」
「……うん」
「寝ちゃ駄目だからね」
「……ねない、よ……?」
そう言う口調はたどたどしくて、目だってほとんど閉じている。
絶対寝ちゃうよ、なんて言ったら、寝ないってばと尖る口。
僕を見上げて微笑みながら、彼の手指が伸ばされる。
顎に触れて、頬を撫でて、僕の名を呼ぶ甘い声。
「……少しだけ、だからね」
「うん」
嬉しそうに、幸せそうに、ふんわりとした笑みを浮かべて。
ありがとうと囁いて、紅い両目をゆるりと閉じた。
僕の体をきゅうと抱き寄せ、彼はそのまま夢の中。
動けない、な。
回された腕を解かないように、彼を起こしてしまわないように。
短い腕をウンと伸ばして毛布を掴まえ引き寄せる。
薄い寝間着の肩に掛け、ぽん、と手のひらを弾ませた。
「これじゃあどっちが子供なのか分からないじゃない」
ぽつりと零した独り言は誰の耳にも届かずに。
閉じた瞼はそのままに、ん、と鼻から抜ける声。
頬寄せる様は猫の子みたいで、くすぐったさに小さく笑った。
扉を叩く音がして、ぱっとそちらへ顔を向ける。
迎えに来たらしい大きい僕が、驚いたみたいに目を丸くした。
人差指を唇に当て、しぃ、と潜めた吐息の声。
あと少ししたら二人で行くから。
もうちょっとだけ、寝かせてあげてね。
リクエスト内容(意訳)
「ぼんやりな未来救と面倒見のいい春告げ玄冬 ほのぼの」
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