久方振りに訪ねたというのに出迎えたのは不機嫌な顔。
二回三回叩いた扉、ひょこりと覗く見慣れた色彩。
声を掛けようと口を開いて、けれども思わず言葉を呑む。

嫌そうに寄せられた細い眉と、なんだ来たのと零される声。
変わらぬ態度に安堵して、けれども琴線を掠めた何か。
玄冬ならいないよと投げられた声に、じり、と項の辺りが疼いた。










─花舞小枝─










招き入れられ椅子に座し、出された香茶に口を付ける。
テーブルを挟んで向き合ってはいるが言葉が交わされることはない。
会話を続ける気がないのか、何を問うても生返事ばかり。
鬱陶しいとでも言いたげな態度に、とうとう口を閉ざしてしまった。

重い沈黙が満ちる中、不意に花白が席を立つ。
どこへ行くのかと目で追えば謀ったかのように扉が開いた。
おかえりと囁くその声は、どこか甘さを孕んで響く。
ただいまと返す相手の声は、優しげな微笑を纏っていた。

俺と花白とでは決して交わされることのないその遣り取り。
二人の間に漂う空気は親しさと幸せに色付くようで。
花白が微笑っているというのに焦燥ばかりがじりじり募った。





玄冬もお茶、飲むでしょう? 淹れてくるからちょっと待ってて?
にこやかにそう言い残し、花白の背中は台所へ消える。
それを見送る玄冬の顔には柔らかな微笑が浮かんでいた。

と、不意にその目がこちらへ向けられ、驚いたように瞠られる。
ぱし、と一度瞬いて、それから緩く小首を傾げた。

「なんだ隊長、来てたのか」
「貴様までそれを言うか……!」
「何を一人で怒っているんだ? 禿げるぞ」
「誰が禿げるか!」

椅子を蹴って腰を浮かせばガタンと派手な音がする。
煩いとでも言いたげに眇められた玄冬の目。
更に言葉を連ねようと口を開いたその矢先、

「銀朱! 何ひとりで騒いでるんだよ!」

耳を劈く高い声に言葉は喉で塞き止められた。
台所から顔を覗かせて花白がこちらを睨んでいる。
俺が弁解するより先に、花白、と嗜める声が飛んだ。
あれだけ鋭く尖っていた視線が途端にふいと逸らされて。





「玄冬に迷惑掛けたらただじゃ置かないからね」

そう言って花白は踵を返し、再び台所へ消えて行った。
薬缶がしゅんしゅんと湯気を吹き、さら、と茶葉の鳴る音が重なる。
こぽぽと軽い水音を聞き、意図せずぽつりと言葉が漏れた。

「……おまえの言うことは素直に聞くんだな」
「そうか?」
「俺が見た限りではな」

花白の代わりに椅子に座し、玄冬は不思議そうに首を傾げる。
それをじとりと睨み据え、フンと小さく鼻を鳴らした。

ああもあからさまな態度の違いに気付かないはずがないだろうに。
そう考えて溜息を吐き、すぐさま考えを改めた。
少々ずれている所もあるから気付いていなくともおかしくはない、と。





花白の時と同様に、けれど質の違う沈黙が落ちる。
どこか愉しげな顔をして相手はこちらをじっと見ていた。
何だと言葉を投げて睨めば僅かに口角を上向ける。
あまり目にしたことのない、意地の悪い笑みだった。

「その香茶だが」
「茶がどうした」
「家では滅多に飲まないものでな」
「だから何だ」

適当に相槌を打ちながら温い香茶を一口含む。
舌に広がる仄かな甘さと鼻から抜ける花の香と。
ふ、と小さく吐息を零し、ちらと玄冬の方を見遣った。

「昨日、いや、一昨日か。花白が街まで買いに行ったんだ。ひとりで」
「は?」

何が言いたいと目で問えば相手はふっと淡く笑む。
俺の手から茶器を取り上げ爪で弾いて静かに続けた。





「あんたの好きな銘柄だ。違うか?」

思えばあんたが来ると聞いてから花白は落ち着かない様子だったぞ。
あんたが思っている以上に愛されているみたいだな、隊長。

投げられた言葉を鼓膜が拾い、ぐるりぐるりと脳裏を廻る。
理解が追い付いたその瞬間、ぼっと顔が熱くなった。
くつくつと笑う相手の横っ面を、これほど殴りたいと思ったことはない。

恨みがましい視線を投げても当の本人はどこ吹く風で。
俺から奪った香茶を飲み干し、よかったな、と囁く声が。

急須と茶器とを丸盆に乗せ、戻った花白が目を丸くする。
どうかしたのと問う声に、いいやと返すのは玄冬だけ。
俺はただただ顔を伏せ、テーブルの木目を睨んでいた。

祈るように指を組み、それを額に押し当てながら。
火照りと赤みが去るまでは花白を見ることは叶わない。
訝しむ視線を感じつつ、ゆるりと目を伏せ息を吐いた。










リクエスト内容(意訳)
「花に捧ぐ後 銀朱が玄冬に嫉妬 銀朱と花白は両想い」

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