光の漏れる扉を前にどれだけの時間佇んだだろう。
寒さを覚えて身を縮め、歯の鳴る音を噛み殺した。
躊躇い躊躇い腕を伸ばして取っ手を強く握り締める。
ぎゅっと目を閉じ深呼吸して、扉を一息に開け放った。
─小夜─
驚いたように顔を上げ、蒼い両目が瞠られる。
名を呼ぶ声を聞きながら、後ろ手にそっと扉を閉めた。
机の上には仕事の山が所狭しと積み上げられて。
相手の手元にも書類が一枚、署名と判とを待っていた。
「それ、急ぎの仕事なの?」
「いや。だが終わらせておくに越したことは」
「だったら、さ」
続くはずだった言葉を遮り、コツ、コツ、と歩み寄る。
訝しげにこちらを仰ぐ視線と、花白と名を呼ぶその声と。
立ち上がろうとする動きを制して銀朱の肩に両手を置いた。
椅子に座った脚の間へ自分の膝を捻じ込んで。
身を乗り出すように距離を詰め、真正面から相手を見据えた。
吐息を肌で感じるほどの、そのため呼吸を躊躇うくらいの距離。
あまりの近さに狼狽えたのか相手の視線が僅かに揺れた。
普段は見上げる蒼い目が今は見下ろす位置にある。
それがなんだか愉しくて、くす、と小さく笑みを零した。
離れろとでも言いたげな顔で相手の口元が微かに動く。
そこから言葉が発せられるより先に、その唇を塞いでやった。
小さく息を呑む音がして、銀朱の動きがぴたりと止まる。
ゆっくりと顔を離したら両目の蒼を白黒させて。
「付き合って、欲しいんだけど」
何に、とは口にしなかった。
言わなくたって分かるだろうから。
言葉を失くした銀朱の顔を見、ことりと首を傾げてみせる。
「……嫌?」
こう問えば、断られることはないと知っていた。
案の定、躊躇いながらも首を振り、二本の腕を背中に腰に。
応えるように腕を回そうとし、けれどもそれは叶わなかった。
「っわ、」
そのままふわりと抱き上げられて、思わず頓狂な声が出る。
どこへ行くのと投げた問いに応える声は返らない。
銀朱の顔を仰いだけれど、表情はちっとも窺えなくて。
辿り着いた仮眠室の、ひとつしかない寝台に降ろされる。
背中で弾む感触と、きしりと小さく軋む音。
きょとりと瞬き相手を仰げば、なんだ、と幾分低い声。
「ここで、するの?」
そう尋ねたら、今度は銀朱が目を丸くして。
別にどこでもよかったのにと、そう続けたら呆れられた。
はあ、と深い溜息を吐き、それからじっと僕を見る。
なに? と首を傾げてみせると、ほんの僅かな笑みを浮かべた。
「ここなら背中が痛まないだろう?」
言われて小さく息を呑み、そう、と淡く言葉を漏らした。
それが嬉しかっただなんて、悟られたくはなかったから。
するりと伸べた腕の先には暗く沈んだ銀色がある。
指を通し、そっと梳き、抱き込むように引き寄せた。
ぐち、と響いたその音に、身体がひくりと跳ねて強張る。
平気かと問う声に頷き返し、いいから、と掠れた言葉を投げて。
相手の熱を受け入れながら、その背に強く爪を立てた。
痛みに僅か顔を顰めて、銀朱の喉がぐぅと鳴く。
けれど力を緩めることなど出来ず、ただただ喉を喘がせた。
名を呼ぶ声がどこか遠い。
揺さぶられては視界がぶれる。
涙と熱とで霞んだ世界で鮮やかなのは相手だけ。
絶頂の後の色濃い虚脱、弛緩した身体から浮き上がる意識。
抱き締める腕の力は強く、簡単には抜け出せそうにない。
疲れているのか目を伏せたまま、肩で大きく息をしていた。
このまま眠ってしまえばいいのにと、そんな想いが脳裏を過ぎる。
重たい腕を懸命に伸ばしてシーツを掴まえ銀朱の背中へ。
僅かに開かれた蒼い目が、淡く微笑ったような気がした。
「……、……」
朧な思考の片隅を掠める積み上げられた書類の山。
今日付き合って貰った分だけ、明日は手伝ってやるとしよう。
リクエスト内容(意訳)
「銀朱に甘い花白様」
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