いつものように訪れた幼馴染の眠る寝室。
昔からの慣習とは言え、いい加減にどうかと思う。
仮にも年頃の娘の部屋に血縁でもない男が入るのは如何なものか、と。

はあ、と深い溜息を吐き、静かな扉に手を掛け開いて。
凄まじい勢いで飛んできた枕を見事顔面で受け止めた。










─これから─










ぼて、と足元に枕が落ち、その音でようやく我に返る。
扉を開けた部屋の中には寝台に座す花白の姿。
むっすりと不機嫌な顔をして、胸の前で両腕を組んでいた。

「い、きなり何をするんだ、花白」

言葉にいまひとつ力がないのは彼女が怒っているからだ。
黙ってさえいれば誰もが見惚れる見目麗しい美少女である。
幼馴染の贔屓目を差し引いても釣りが来るだろうと思うくらいに。
そんな彼女が本気で怒ると、それはそれは恐ろしい。

怒鳴ってくれれば良い方だ。宥め賺せばどうにかなる。
しかし静かに煮え滾る怒りにはどう対処すべきか分からない。
今が正にその状況だった。





「さっき人に聞いたんだけど」

じっとりと座った緋色の目。
紡がれる声は低く冷たく、重い地鳴りすら伴うようで。

「結婚することになったって?」
「あ、ああ」

聞いたのか、と問いを返せば、不機嫌なままでひとつ頷く。
問われた事柄に答えただけなのに、花白の機嫌は急降下。
だらだらと背中に嫌な汗。室内に満ちた空気が、重い。

「誰が」
「……俺が」
「誰と」
「おまえ、と」

最後の一言を吐き出し終えて、しまった、と内心で舌を打つ。
何が琴線に触れたのか、花白は眉間に深く皺を刻み、わなわなと唇を震わせていた。
組んでいた腕を解いたかと思うと傍らの水差しを引っ掴む。
透明な硝子のコップに注ぎ、一息にそれを飲み干して。





「なんで僕より先に月白が知ってるんだよ!」

空になった水差しを、力の限り投げ付けた。
避けようか受け止めようか咄嗟に迷い、伸ばした腕に痛みを覚える。
それなりの重量を持つ水差しにぶつかり、手のひらや指に痺れが走った。

割らずに済んだと胸を撫で下ろし、上げた顔にぶつかる何か。
はらりと足元に落ちたそれは、彼女の着替えの一枚で。
拾い上げようと腕を伸ばした、その横顔にも衝撃が。
次から次へと投げ付けられる服や小物は嵐のよう。

「せっ、正式にはまだ決まっていない! これから、おまえにも話そうと、」
「だからって当事者抜きで話進めてたの? 信じらんない! さいってー!」

読み止しの本、短い蝋燭。膝掛け、下着、その他諸々。
手当たり次第に物を投げ付け、それでも治まらないらしい。
投げる物がなくなって初めて、花白の動きがようやく止まった。

大きく肩で呼吸をし、抱えた膝に顔を埋めて。
ひくりとしゃくりあげる声を聞き、ぎょっと両目を見開いた。
泣いているのかと問いを投げれば、泣いてない! と返される。
けれども小さく走る震えは、不安定な声は隠せなかった。





乱れた寝間着の襟から覗く肩の白さが目に痛い。
大きく開いた襟元を直すと、ひくりと小さく体が跳ねる。
花白、と彼女の名を呼べば、一層強く膝を抱いた。

「俺が相手じゃ……嫌、か……?」

そうっと投げた問い掛けに、花白は緩く首を振る。
ちがう、と零れた掠れ声。
ぐずぐずと鼻を鳴らしながらも、彼女は膝から顔を上げた。

「僕、もう16だよ。自分のこととか、先のこととか、考えられない歳じゃない」

涙の滲んだ緋色の目、長い睫毛を濡らす水滴。
瞬く度に頬へと落ちて、幾筋かの道を残していく。
じっとこちらを見上げる顔は、見慣れたものであるはずなのに。

「けっこん、とか。そういうのって、自分たちで考えるものじゃないの……?」

震える唇が紡ぐ言葉は、すっかり成長したものだった。
口調こそたどたどしいけれど、幼さは残っているけれど。
いつまでも子供ではないのだと、今更のように思い知らされる。





「銀朱が嫌いって訳じゃ、ないから。ただ、」

と、花白は一端口を噤み、きゅっと唇を噛み締めた。
俯きそうな顔を上げ、俺の両目を真っ直ぐ射抜く。

「おまえの口から聞きたかったなって。そう思った、だけだから」

だから変な誤解しないでよね、と。
言ってふいと顔を背け、ぱたりと寝台に転がった。
先程の枕を差し出すと、引っ手繰るように抱き締めて。

ちらちらとこちらを仰ぐ視線、複雑な色を孕んだ表情。
伸ばした指の腹を使って涙の筋をそうっと拭う。
くすぐったそうに零れた声が、鼓膜を心を甘く掻いた。










リクエスト内容(意訳)
「女の子花白 ツンデレだけど相思相愛」

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