購買のパンを齧りながらも、視線は他所へと向いていた。
向かいに座った幼馴染の弁当箱のその中に。
出し巻き玉子にカボチャの煮付け、小松菜のおひたし、などなど。

栄養バランスも完璧なのだと言わんばかりの中身。
けれど重要なのはそこではない。
ちんまりと弁当箱に鎮座しているウサギの形をした林檎さんに、俺の目は釘付けだったのだ。










─ウサギ─










弁当箱を凝視している俺のことなど気付かぬように、相手は黙々と箸を運ぶ。
昔からのことだったけれど、幼馴染の食べ方は綺麗だ。
しゃんと伸びた背筋に、箸の持ち方は勿論のこと。
米粒ひとつ残すことなく、綺麗に全部平らげる。

もそもそとパンを租借しながら思わず箸運びに見惚れてしまう。
いっそ作法の先生にでもなればいいんじゃないかと思うくらいだ。
和服なんか着ちゃったりして。日本庭園のあるような場所で。
ぼんやりと脳裏に思い浮かべたら似合い過ぎていて笑えなかった。

「月白」
「ぅえっ? なに?」
「ちっとも食べ進んでいないようだが、具合でも悪いのか?」

言われて手元のパンを見たら、一口二口齧ったきりで。
慌てて首を横に振り、考えごと、と誤魔化した。





もくもくと口を動かしながら、思考はぼんやり上の空。
確か弁当は自分で作るって前に言ってたような気がする。
玉子焼きもカボチャの煮付けも、全部彼の手作りだろうか。

それより何よりあのウサギ!
林檎を手に取り包丁を握り、ウサギさんを作る姿なんて想像も出来ない。
だってウサギだ。可愛過ぎる。

クラスどころか学校単位でカッコイイと評判なのに。
そんな彼の弁当箱に、まさかまさかのウサギさん。
うっかり手作りの疑いアリ。
ウン、すごく家庭的だお嫁さんに欲しいくらい。





「おい月白、」
「っはい!?」
「ほら」

素っ頓狂な声を吐き出した口に、ぴとりと冷たい何かが当たる。
ふわりと甘い匂いがし、焦点を合わせた先にはウサギ。
食えと言われて齧ったら、林檎の味が広がって。

「林檎のウサギ、好きだろう?」
「え、あー、うん。好き、だけど」

しゃくしゃくとウサギを味わいながら、あれ、と内心首を捻った。
ウサギは一匹だけなのに、なんで俺にくれたんだろう。
こくんと飲み込み息を吐き、はたと我に返って思う。

いやいやまさかと打ち消しながら、恐る恐る投げた問い。
相手はきょとりと瞬いて、そのつもりだったがとあっさり肯定した。





「小さい頃はウサギにしないと食わなかっただろう?」
「い、や! それはそうだけど何で今になってウサギ!?」
「たまたまだ。気が向いた」

さらりと返され言葉に詰まる。
まさか覚えられているなんてこれっぽっちも思わなかった。
しかもさっきのウサギさんは食べさせてもらってしまったわけで。
それは所謂「あーん」という奴だった、わけで……。

認識した途端恥ずかしく、思わず頭を抱えてしまった。
顔から火が出るんじゃないかってくらいに熱くて熱くて仕方がない。
幼馴染は知ってか知らずか、ごちそうさま、と手を合わせていた。











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