演習を終えた矢先のこと。
部下と共に歩む足が見慣れた顔を見付けて止まった。
こちらを認めて微笑む相手の華奢な腕には風呂敷包み。
何が入っているのやら、それはやたらと大きなものだった。
─おひとつどうぞ─
軽い足音、揺れる髪。にこにこと笑う緋色の目。
部下達は一様に居住まいを正し、緊張した面持ちで頭を下げる。
そんなのいいのに、と不満気に、救世主は苦笑してみせた。
「ね、もう演習終わったんでしょ?」
「ああ。これから昼を食いに行く所だ」
「ふぅん。じゃあさ、これ食べない?」
これ、と差し出されたものは、異様に大きな風呂敷包み。
訝しみつつ受け取ると、腕にずしりと重みが掛かる。
お茶もあるよと楽しげな声に、疑問の眼差しを投げ掛けた。
「まさかとは思うが、弁当、か?」
「うん。ちょっと作りすぎちゃった」
「……ちょっとの量か。これが」
中身を検めたわけではないが、恐らく重箱三段はある。
それら全てに何かしらの食材が所狭しと詰め込まれているのだろう。
一人で食えというのか、この量を。
考えただけで胃が重くなるような気がした。
「救世主様がご自分でお作りに?」
「え? うん、そうだよ。自信作」
部下の一人の問い掛けに、にこやかに返す救世主。
玉子焼き作るの初めてだったんだけどね、筋が良いって料理長に褒められたんだ。
などと言って、照れくさそうに頬を染める。
途端に周囲から沸き上がる歓声。
すごいすごい羨ましいと皆口々に言い合って。
下手に持ち上げるな調子に乗るぞと思った所で時既に遅く。
「じゃあ今度作ってきてあげようか?」
ことんと可愛らしく首を傾げて、そんな提案が吐き出された。
しん、と一瞬静まり返り、すぐさま弾ける声また声。
ずるいぞおまえだけ! だの、救世主様にそんなことさせて良いと思ってるのか! だの。
俺たちより年上のはずの者まで、その輪に加わっているのだから質が悪い。
「……おまえ達いい加減に」
「何ならこの後一緒に食べない? 大勢で食べた方が美味しいでしょ?」
言うが早いか包みを取り上げ、今日は天気が良いから外で食べようか、などと言う。
はい是非! と後を追う部下達の姿に、一抹の寂寥を覚えたりもして。
隊長も早く行きましょうよと促され、溜息ひとつを吐き出した。
想像通りの重箱三段、意外と見目良いその中身。
料理長に褒められたという厚焼き玉子はふっくらとして、確かに美味そうな出来栄えだった。
食堂から人数分の箸と取り皿を借り、いただきますと唱和して。
青菜を摘まもうとした矢先、目の前に現れた黄色いもの。
件の厚焼き玉子を差し出しながら、はい、あーん、と救世主は言った。
しばしの睨み合いの後、溜息を零して口を開く。
押し込められた厚焼き玉子がほろほろと崩れていくのが分かった。
「……甘い、」
「あ、苦手だった?」
「いや。初めてにしては美味いんじゃないか?」
「でしょー?」
えっへんと胸を張りながら、それでもどこか照れくさそうに。
くすぐったい笑みを零しつつ、自らも玉子を口へと運ぶ。
俺ってば天才、などと言って、幸せそうににこにこと。
再び箸持つ手が伸びて、自慢の料理を摘み上げる。
そのまま口にするのかと思えば、近場に座る部下の鼻先へ。
口開けて、と促す声に、失礼します! と場違いな言葉。
それを一人一人にやるものだから、騒がしいことこの上ない。
「後は各自で食え。箸が使えないわけではないだろう?」
揶揄する口調でそう言えば、それもそうだと皆苦笑して。
ありがとうございます救世主様と口々に言い、各々が箸を伸ばし始めた。
その様を見、微笑んで、どういたしましてと囁く声。
トン、と肩に凭れた相手が、ひそりと微かな言葉を投げた。
「やきもち?」
「……煩い」
つっけんどんに返した声に、相手はくすくす肩を揺らす。
ふいと顔を背けはしたが、恐らく気付かれてしまったのだろう。
また作るからと楽しげな様に、勝手にしろと吐き捨てた。
リクエスト内容(意訳)
「隊長に弁当を差し入れする救。羨ましがる第三兵団。やきもち。間接キス」
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