授業も演習も投げ出して、森の中をぷらぷら歩く。
木の葉が擦れる微かな音と、鳴き交わす小鳥の囀り。
ぱたたと軽い羽ばたきを聞いて、ぐるりと首を巡らせたら。

踏み出した足が変に捻じれて、あれ、と一瞬思考が止まる。
ぐらりと身体が傾ぐまま、あとはただただ落ちるだけ。










─帰路、ゆらら─










そろりと触れたその途端、びり、と走った鈍い痛み。
挫いたらしい左の足首は見事なまでに腫れ上がっていた。
触っただけでも痛いのだから靴なんて履いていられない。
ぺたんと地べたに座り込み、どうしようかと溜息を吐く。

ひょいと仰いだ視線の先には先程転げ落ちた斜面があった。
普段ならば軽々と登れてしまうくらいの高さ。
今は聳える崖のようで、はあ、と内心で頭を抱えた。

「何をしているんだ、おまえ」

不意の呼び掛けに顔を上げ、あ、と零れた小さな声。
さくさくと斜面を降りて来るのは呆れた顔の幼馴染で。
平地へ降り立ち開いた口からは文句の代わりに溜息が落ちる。





「挫いたのか」
「……ん、」
「立てるか?」
「……、……」

無言で首を横に振り、腫れた足首を両手で隠した。
みっともなくて、情けなくて、見られたくはなかったから。
けれどその手を掴まれて、あっという間に引き剥がされる。

具合を診ようと伸ばされる手。
その指先が掠めただけで、痛みにびくりと肩が跳ねた。
彼はそれ以上触れようとはせず、足首と俺の顔を見比べて。
そうして眉間に皺を寄せ、ぼそりと低く呟いた。





「……仕方ない、」

溜息混じりに紡がれた声と、背を向けてしゃがむその仕草。
ことんと首を傾げたら、早くしろと急かされた。

「え、と。いいの?」
「立てないのなら止むを得ないだろう」
「……ありがと」

両腕をそっと首に回して、無事な右足で弾みをつける。
飛び乗るように身体を預けると膝裏に相手の腕が絡んだ。
左の足を気遣うように、ちらと視線を走らせて。
平気かと問う相手の声に、だいじょうぶ、と小さく返した。





「小さい時も、さ」
「なんだ」
「こんな風に、おぶってくれたよね」
「……おまえはよく転ぶ子供だったからな」

走って走って、躓いて、転んで。
膝の痛みと滲んだ赤が子供心に怖くて泣いた。
そんな日々を思い出す。

誰よりも先に気付いてくれて、駆け付けてくれたのが銀閃だった。
さっきみたいに傷を診て、大丈夫だからと頭を撫でて。
痛くて立てない歩けないと言ったら、背中を貸してくれたっけ。

「……ねえ、」
「うん?」
「今は、俺もおまえのこと、おぶれるよ?」

あの頃の俺は小さかったから、とてもそんなこと出来なかったけど。
いつか、いつか、と思っていたんだ。
銀閃が足を怪我したら、俺がおぶって帰るんだって。





「……まずはその足を治してからだ」

そう言う相手の表情は背負われていて見えないけれど。
少しだけ変わった声の調子と真っ赤な耳に小さく笑う。
ありがとう、と囁いて、項の辺りに顔を埋めた。

あたたかくて広い、大好きな背中。
小さい頃に戻ったみたいに、頬を擦り寄せ目を閉じた。










リクエスト内容(意訳)
「脚を挫いた救を隊長がおぶって帰る。ほのぼの」

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