上気した肌、濡れた髪。ころり転がる玉の雫。
身体に巻かれたバスタオルからは白く細い脚が覗いた。
左手でタオルを押さえつつ、空いた右手は腰へと当てて。
ちょっとだけよ、と囁く声は悪ふざけながらもそれらしく響く。
もし次やったら一発殴ろう。
ふつふつと湧く想いを殺し、心の奥底で密かに誓った。
─湯ノ花慕情─
学習と称した観光と、長々続いたバス移動。
心身共に疲れ切っているはずなのに、冴えた頭を持て余す。
首から上が熱いのは湯上りであることだけが理由ではない。
「ねえ、まだ怒ってんの?」
ぺったぺったとスリッパを鳴らし、小走りで近付く足音と声。
浴衣の袖を軽く引かれて、溜息を零し振り返る。
が、相手の襟元に目が向かい、慌てて視線を明後日へ。
「……怒ってない」
「うそだ。ここに皺寄ってる」
必死に背けた顔を覗き込み、眉間についと指を這わせる。
一層深く寄せた皺に、相手はむうと口を尖らせた。
「お湯掛けたことなら謝ったじゃん」
「だから、怒っていないと言っているだろう」
「じゃあなんで目ぇ逸らすのさ」
逸らしてないと言い返しても目を合わせることは出来ず仕舞いで。
それが一層不興を買って、相手は益々不機嫌顔だ。
小走りになる相手の裾がひらりひらりと翻る。
その度に脚が露わになり、見ないようにと速まる歩調。
結びの緩い帯だとか、着崩れた襟から覗く肌だとか。
湯上りの上気した頬の色だとか、触れると熱い指先だとか。
引き絞られた理性の糸は今にも千切れてしまいそうで。
「……着ろ」
「え?」
「浴衣、ちゃんと着ろ」
宛がわれた部屋に戻ったところで溜息混じりにそう告げる。
大きく割れた裾からは白い腿が覗き、目にも心臓にも悪過ぎた。
きょとりと瞬く赤い目が、にやりと笑みに歪められる。
スイ、と僅かな距離を詰め、悪戯っぽく囁いた。
「人の体見て欲情でもした?」
「っな、月白!」
「やだなーもう。銀閃のえっち」
そう言いながらくすくすと笑い、わざとらしく襟を緩める。
濡れた髪から伝う水が、白い首筋をつつと流れた。
湯上りの火照った白い肌と、潤んで見える緋色の眸。
上目に笑うその表情には、歳に似合わぬ艶があった。
頭蓋の奥、脳髄の底。近くて遠いような曖昧な場所で。
ぎりぎりと悲鳴を上げていた理性が、ぷつりと切れる音を聞いた。
はあ、と深い溜息を吐き、相手の両肩に手のひらを置く。
きょとりと瞬く目を睨みつつ、何も言わずに足払いを掛けた。
敷かれた布団に倒れ込み、息を飲む音が間近に響く。
覆い被さる体勢で、丸い緋色を見下ろした。
息を詰め、瞬きを忘れ、視線がふるふると揺れている。
露わになった首筋に、顔を埋めて唇を寄せた。
ちゅ、と微かな音だけを残して、殊更ゆっくり距離を取る。
「こういう、ことだ」
情けないくらいに掠れた声と、赤くなっているであろう顔。
眼前にある見慣れた顔は、見る見るうちに朱に染まる。
口吻けた首に手を遣って、はくはくと唇を震わせて。
けれど意味成す言葉は紡げず、ただただ吐息に音が乗るだけ。
今の今まで隠し続け、押し殺していた感情の渦。
弾け溢れて流れた先で、苦い思いを噛み締める。
出来ることなら知られたくはなかった。
友人としての関係を、幼馴染としての繋がりを、断つことだけは避けたかった。
悔んだ所で時既に遅く、時間が巻き戻ることはない。
なるようになれと吐き出した言葉、零れんばかりに見開かれた緋色。
じわりと滲んだ涙と共に、返された音に息を飲む。
拙く幼い感情の吐露は、照れ隠しの笑みへと昇華した。
リクエスト内容(意訳)
「修学旅行で一緒にお風呂、心中穏やかでない隊長。押し倒されて初めて慌て出す救」
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