誕生日おめでとう。

そう囁いたら、彼は大きく目を見開いて口元を苦く歪めてみせた。
相手の表情に気付いていながら、繰り返し紡ぐ祝いの言葉。

誕生日おめでとう。これからもよろしく。
今の自分に出来る限りの、ありったけの笑顔を浮かべて。
まるで呪いでも掛けるかのように、何度も何度も繰り返した。










―祝いと嘘と現実と―










家と人とが炎に呑まれ、黒煙が空を染め上げる。
ごろごろ転がる死体を見ても吐き気を覚えることはなくなった。
流された血と膿んだ傷口、土埃の臭いが混じり合う。

祝いの言葉を口にするには相応しくないこの場所で。
それでも言わずにはいられなかった、幼馴染へ贈る想い。

たった三日の同い年は、あっと言う間に過ぎてしまった。
彼はひとつだけ年を重ねて、俺を置いて行ってしまう。
いつものことだと割り切るつもりが、なんだか今日は上手くいかない。





「贈り物の用意は出来なかったけど」

彼の傍らに膝をついて、粗末な椅子に座す彼を見上げた。
背にした窓から射し込む月明かりと、ほんの微かな灯火と。
光源の限られた天幕の中で、銀色の髪がくすんで見える。

相手の手を取りきゅうと握ると同じだけの力で返された。
ごわごわと硬い感触が、少しだけ高い体温が、触れた肌から伝わるみたい。

「おめでとうだけは、言わせてね?」

そう言いながら繰り返す。「おめでとう」を、何度となく。
次いつ言えるか分からないからと、そう零したら彼は笑った。
悲しい苦しい辛そうな顔で、たった一言「そうだな」と。





「俺は絶対に死なないから」

おまえも絶対、死なせないから。

「生きて帰って、お祝いしよう?」

ことんと首を傾げて言ったら、重ねていた手がするりと抜ける。
あれ、と彷徨う視線を遮る一回り大きな幼馴染の手。
髪を撫ぜて、額に触れて、頬にひたりと押し当てられた。

「おまえは、俺が死なせない」

そう言って離れる手のひらを、追い掛けて、捕まえる。
困ったように笑う顔に、精一杯の笑みを返した。
絶対だよ、と釘を刺したら、勿論だ、と返される。
二つの口から紡がれた嘘は、流れる血よりも赤く、紅く。





白み始めた空を睨んで、繋いでいた手をふつりと切った。
目前に迫る開戦の時。どれだけの命が散るのだろう。
沈む思考を無理矢理引き上げ、腰に刷いた剣を握る。
守るために戦うのだと、自らにそう言い聞かせながら。










リクエスト内容(意訳)
「戦地での隊救。隊長が救より年上」

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