珍しいことがあるものだ、と頭の隅でちらりと思う。
傍らに座る幼馴染は大人しく書類を捌いていた。
そうかと思えば不意に手を取め、はあ、と深い溜息を零す。
ぼんやりとどこか遠くへ目を遣り、物思いに沈むその姿。
ペンを持つ手は完全に止まり、ぽたりとインクが染みを作る。
槍が降るな、と朧に思い、温くなった茶に手を伸ばした。
―ひとめぼれ―
「お見合いをね、しようと思うんだ」
不意に紡がれたその一言は動揺を誘うのに過ぎるものだった。
口を付ける寸前の茶器が大きく揺れて中身を零す。
ぱた、と落ちた温い茶が、じわりとインクを滲ませた。
噎せそうになるのをどうにか堪え、口元を拭って相手を見遣る。
こちらの心情に気付きもせずに、大丈夫? と小首を傾げた。
「……見合い……?」
「うん、お見合い。歳考えたらそろそろかなって」
あと早く子供の顔見たいし。
うきうきと言う姿を前に返す言葉が浮かばない。
もうそんな歳か、だの、見合いより先に子供か、だの。
脳裏をぐるりと巡るのは取り留めもないことばかり。
正直な感想を述べるとすれば、幼馴染の気が知れない、だった。
次から次へと送られてくる見合い用の肖像画。
久々に家に帰ってみると、良い相手はいないのかと探られる。
家人との静かな攻防戦はどうにも旗色が芳しくなかった。
いない、と素直に告げても聞かず、はぐらかすことも億劫で。
職務の多忙さを言い訳にして、ここのところ帰っていない。
代わってやろうかと出掛かった言葉を寸手の所で飲み込んだ。
はあ、と深い溜息ひとつ、幼馴染に目を向ける。
どこかにいい子いないかなぁ、と夢見がちな目で相手は言った。
「わざわざ自分で探さなくても良さそうなものだが」
「ちゃんとこの目で決めたいんだよ。大事なことなんだからさ」
ふく、と頬を膨らませ、じっとりと緋色に睨まれる。
幼さを多分に残した仕草に淡い笑みを口元に刷いた。
「……それもそうだな」
共に生きる相手くらい、自分で見定めたいのだろう。
そう思うことが普通だろうに、なぜか酷く羨ましかった。
見合い相手には事欠かないであろう幼馴染。
じきに嫌と言うほどの見合い話が来るぞ、と胸の内でだけ告げて。
「あ、」
「うん?」
不意に零れた微かな声、同時にこちらへ目が向けられる。
きらきらと輝くその虹彩には色濃い期待の光があった。
思わずじりりと身を退くも、生憎そこは椅子の上。
背もたれに骨を押し付けるだけで距離はちっとも変わらなかった。
「おまえン家に、いたよな? 白い子」
「……は?」
何の話だと返すより早く、相手は次の言葉を紡ぐ。
机の上に手を突いて、ぐっとその身を乗り出しながら。
「白くって、穏やかな目をしてて、すっごい綺麗な子!」
「いた、か?」
「絶対にいた! 俺見たもん」
屋敷勤めの娘だろうか。だとしたら、どの娘だろう。
浮かんでは消える彼女らの顔と、期待に満ちた幼馴染の目。
眉間にぐっと皺が寄せられ、それは徐々に深くなる。
「弟くんが可愛がってるって言って、会わせてくれたじゃん。あの子だよ!」
よりにもよって年下か!?
思わず目を剥き相手を見るが、気付くことなく理想を語る。
それはそれは幸せそうな、陶然とした表情で。
「脚がこう、すらっとしててさ、鼻が綺麗な桜色で、尻尾の先まで真っ白な、」
「……、……尻尾……?」
「え、うん。しっぽ」
毛並みもいいし、身体も丈夫そう。何よりあの穏やかな目が印象的で。
これはきっと一目惚れだよね、俺もうあの子以外考えられないんだ。
ねえ、今度ちゃんと紹介してくれない?
「俺の愛馬のお婿さんにしたいんだ!」
心の底から楽しげに、嬉しそうに相手は笑う。
ああなるほどと思うと同時、とんでもない勘違いをしていたことに気付き。
すっかり冷えた茶を煽り、手のひらを額に押し当てる。
普段よりずっと火照っているのは気のせいであるはずがなかった。
リクエスト内容(意訳)
「隊長の勘違いによるギャグ」
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