非番ならば付き合えと言われ、訪ね叩いた扉の向こう。
踏み入れた途端に腕を引かれて気付くと床に転がっていた。
腹の上に感じる重みは馬乗りになった幼馴染。

何のつもりかと訊くより早く、隊服の留め具に手が掛けられた。
ひとつふたつと外される釦に思考も身体も凍り付く。
逆光の顔をにっこり笑ませ、相手は一言「脱げ」と言った。










―刻む銀色―










人の印象とは曖昧なもので、服装ひとつで変わるらしい。
隊服に代わる私服を纏うと誰も気付かぬようだった。
顔馴染みの店の主人ですら一見しただけでは気付かない。
声を掛けると目を丸くして、照れくさそうに笑ってみせた。

「誰かと思えば隊長さんかい……お、」

今日は美人をお連れだねぇ。
そう言いながら奥へと引っ込み、持ってきな、と品物を放った。
赤く艶やかな林檎がふたつ、幼馴染の手の中に。
いいのか? と問うと大きく頷き、果実酒の瓶まで押し付ける。

美人にゃ優しくするもんだろう?
両手を腰にあてながら、からから笑って店主は言った。





大路を進む間中、紅い目はきょろきょろと落ち着きがなかった。
国外からの品の前で幼馴染が足を止める。
装飾品が並ぶ端に飴菓子の置かれた変わった店だ。

迷うような視線の先には鈍い銀色の懐中時計。
繊細な蔦模様も美しく、開かれた文字盤の中央には赤い石が嵌め込まれていた。
どうやら人気の品らしく、置いてあるのはふたつだけ。
じっと見詰める紅い眸は未だに迷っているようで。

「……買うのか?」
「え、あ、……ううん」

迷った素振りを隠し損ねて、けれど相手は踵を返した。
その手を引き止め待てと告げ、小柄な店主に向き直る。
いくつもの皺を顔に刻んだ、優しげな雰囲気の老婦人だった。





「こいつの見ていた品を頼む」

言うと店主は緩やかに頷き、幼馴染の顔を見る。
にこにこと優しく微笑みながら、よかったねぇ、と囁いた。
手渡された時計に目を落とし、幼馴染がふにゃりと笑う。
嬉しそうに眉を下げて。

ありがとう、と呟いた後、あのね、と小さく続く声。
しゃら、と鎖の滑る音がし、揃って視線を店主に向けた。
節張った手が俺の手に触れ、時計の片割れを握らせる。
ぱくりと開いたその文字盤には、きらりと光る青い石。

「これはあんたに。そうだろう?」

悪戯っぽく笑う視線が幼馴染に向けられる。
照れくさそうな顔をして、月白はこくりと頷いた。





二人で大事に持つといいよ。ふたつでひとつのものだから。
同じ時を刻めるように、願を掛けたものだから。
優しくやわらかく店主は微笑み、穏やかな声でそう紡ぐ。
ちょうど二人に似合った色だ。その子らもきっと喜んでいるよ。

子や孫を見守るような目で、美しく老いた店主は言う。
皺を刻んだ細い手指がおいでおいでと手招いて。
手のひらをお出し、と静かに言われ、揃って両手を突き出した。

「これはおまけ。ありがとうね」

ころころと溢れた幾つもの飴玉と、ふふ、と零れるあたたかな声。
色とりどりの輝きを手に、顔を見合わせ二人で笑った。










リクエスト内容(意訳)
「お忍びで城下街で買い物。おじさんやおばさんに「美人だから」とオマケを付けて貰う救」

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