青い空、白い雲。遠慮を知らずに輝く太陽。
気温湿度の高い中、耳鳴りのような蝉の声。
外気に晒される渡り廊下で自然と歩調は速くなった。
腕に抱えた資料のために汗を拭うことすら出来ない。

響く歓声、水の音。涼やかに上がる水飛沫。
辿るように巡らせた視線がプールサイドを映して止まる。
見慣れた鴇色、生白い肌。
弾けるような笑顔を浮かべる幼馴染の姿があった。










―陸の人魚―










放課後、夕闇、保健室。
肩から床へと荷物を下ろし、はあ、と大きく息を吐く。
ベッドに寝転ぶ見知った顔は、薄く笑んで俺を見た。

「……溺れたそうだな」
「ちょっと沈んでただけだよ」
「沈むな浮かべ。むしろ泳げ」

危うく死ぬところだったんだぞと睨み付けても動じない。
人工呼吸は未遂だよ、と笑顔で返されまた溜息だ。
大袈裟だなぁと笑う姿に反省の色は欠片もない。
青ざめていた担任教諭やクラスメイトが哀れに思えた。

はあ、と再び息を吐き、据わった両目で相手を見遣る。
もそもそ起き出し伸びをして、視線に気付くと首を傾げた。
どうかした? と訊ねる声音に口を開いて疑問を返す。

「おまえ、泳ぎは上手かったろう?」
「え? ああ、うん。魚並み?」

へらっと笑う幼馴染に、茶化すな馬鹿、と睨みをひとつ。
ついでに頭を軽く叩けば、酷いなぁ、と笑顔で返す。





隣のクラスから報せが届き、思わず耳を疑った。
脚でも攣ったのだろうかと、あらゆる疑問が脳裏を占めて。
伝えられた言葉を頼りに保健室へ向かい目を見開いた。

ぐったりとして動かない四肢と伏せた瞼に覆われた眸。
僅かに上下する薄い胸だけが生きていることを告げていた。
大事はないと伝えられ、どれだけ安心したことか。





気を付けろよと紡ごうとして、相手の表情に口を噤んだ。
緋色の視線は窓の外。
暗くなりゆく空を映した。

「水面がね、すごくキレイだったんだ」

水の中から見上げた空が、あまりに綺麗で見入ってしまって。
息を継ぐことすらも忘れて、気付いた時には大騒ぎ。
吃驚したよ、と他人事のように、軽く肩を竦めてみせる。
呆れた声を自覚しながら、言葉を連ねて再び問うた。

「……そのためにずっと沈んでいたのか?」
「そうしないと見られないからね」

苦しくなんかなかったのに。ずっと見詰めていたかったのに。
水底に沈んでいた時よりも、引き上げられてからの方が苦しかったよ。

ぽつぽつと紡がれるその声を耳に、そうかと短く言葉を返す。
傍らに置かれた鞄を手に取り、帰るぞ、と小さく告げた。





裸足のままで床に立ち、ふらつく相手の腕を取る。
汗ばむほどの気温だと言うのに生白い肌はひやりとしていた。
人間味の薄いその体温に、人魚の姿を重ね視る。
陸に揚げられた瞬間から、削られてゆくその命。

どうかしたのと声を掛けられ、誤魔化すように首を振る。
暑さに頭をやられたようだと自嘲に笑んで踵を返した。










リクエスト内容(意訳)
「隣のクラス、幼馴染、プールサイド、ほのぼのシリアス」

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