いつの頃からだったろう。
四つ下の幼馴染が仮面の笑みを貼り付けたのは。
幼い時分は年相応に無邪気に笑っていたものなのに。
気付いた時には、もう遅かった。
―涙する仮面―
控えめに床を叩く足音が扉の前でピタリと止まる。
待てど暮らせど動かぬ気配。扉を開けず、立ち去りもせず。
そんな様子に痺れを切らし、椅子を鳴らして席を立った。
取っ手に手を掛け緩やかに開けると、驚いているらしい緋色の目。
丸く丸く瞠られて、ぱちりと一度瞬いた。
「どうした?」
問いを投げると口篭もり、ほんの一瞬視線が泳ぐ。
けれど揺らぎはすぐに消え去り、相手はにっこり笑ってみせた。
この所よく見るようになった、上辺だけの薄い笑み。
「ちょっと、ね。隊長に会いたくなっちゃってさ」
入ってもいい? と訊きながら、小さく首を傾げてみせる。
普段ならば問うより先に室内へ入り込む癖に。
足が床に根付いたかのようにその場を動こうとしなかった。
何かがおかしいと警鐘が鳴るが、その原因が解らない。
戸惑いを腹の底へと隠し、扉を広く開けてやる。
「仕事の邪魔はするんじゃないぞ」
「しないよ。俺、良い子だし」
ぱたぱたと軽い足音をさせ、そのまま長椅子に身を躍らせた。
ふわりと浮いた服の裾、さらり流れた鴇色の髪。
両手両足をだらりと投げ出し腹這いのまま動かない。
「……寝るつもりなら部屋に戻れ」
「寝ないよ。起きてる。だからいいでしょ?」
ぱたぱたと足を交互に揺らし、顔も向けずに返される。
くすくすと微かに漏れ聞こえる声、小刻みに震える細い肩。
何を笑っているのだろうかと疑問を抱いて、そこまでだった。
はあ、と深い溜息を吐き、扉を閉ざし踵を返す。
椅子に腰を落ち着け、再び仕事の山へと向かった。
足を揺らす音が消え、忍び笑う声が途絶える。
どれだけの時が流れただろう。
ひゅっと鋭い呼吸の音に意識は書類から引き剥がされた。
長椅子に横たわる小柄な身体、折り畳まれた細い脚。
その身を更に縮こませながら子供は小さく震えていた。
「……月白……?」
椅子を引き、席を立ち、名を呼びながら傍らへ。
一歩また一歩と近付く度、相手は過剰に怯え震える。
華奢な肩に手を伸ばし、指の先が触れた瞬間、
「っ、」
パンッと乾いた音がした。
手指に走った軽い痺れは徐々に痛みへと変わっていく。
そんなものは気に留めなかった。
より気掛かりな事柄が目と鼻の先にあったから。
はっと子供は息を呑み、くしゃりと幼い顔を歪める。
その紅い目から溢れる雫は頬を伝ってぱたりと落ちた。
いつから、泣いていたのだろう。
目も鼻も赤く色を変え、名を呼ぶ声は掠れたもの。
顔を伏せていた長椅子には、流れた涙の歪な染み。
「どうした……?」
弾かれた手でその頬に触れ、指の腹で涙を拭う。
触れた瞬間びくりと震え、泳ぐ視線は足元へ。
「……怖い」
「何がだ?」
「……よくわかんない、けど……」
きゅっと上着の裾を握り、恐る恐る俺を見た。
その髪を軽く掻き回し、ぽんぽんと軽く撫でてやる。
動けずにいる頭を抱き寄せ、胸元に顔を埋めさせて。
しゃくりあげる声を聞き、その背を軽く何度も撫ぜる。
今日行われた裁きの様が不意に脳裏を横切った。
薄暗い地下牢、据えた臭い。
表情を消し、感情を殺し、剣を振るった細い腕。
返り血を浴びその身を染め上げ、それでも仮面を被り続けて。
ここで啜り泣く幼馴染と、どうして同じと思えるだろう。
腕の中で震える子供は十七を数えたばかりなのに。
細く華奢な双肩に掛かる見えない重圧はどれほどだろうか。
代わってやりたいと思いはすれど、それは到底叶わぬもので。
ただ胸を貸してやるしか出来ない、そんな自分が腹立たしかった。
リクエスト内容(意訳)
「21歳隊長と17歳未来救」
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