くすくすと、ころころと、鼓膜を震わす鈴の声。
壁に背中を押し付けられて、視界いっぱいに艶やかな笑み。
触れるだけの口付けをしてはチラリと視線を走らせる。
気になるのならば止めればいいと思いはしても口を噤んだ。










―不協和音―










軍靴の足音が近くなる。
恐らく気付いてはいないのだろう。
柱の陰、生じた死角。
それが解っているからこそ、救世主は身を離そうとしない。

「……おい」
「なぁに?」

細い細い肩を掴むと笑みのままで首を傾げた。
何を言わんとしているのか、解っていながら知らぬ振り。

「離れろ」
「どうして?」
「……誰か、来る」

誰か、ではない。
近付いて来るのが何者なのか、俺も救世主も解っている。
解っていて尚口にしないのは互いに恐れているためだ。





「知られたくない?」
「……あたりまえだ」

こんな関係、端から持つべきではなかったのだ。
不自然な接触、近すぎる距離、交わした体温、何もかも。

「誰に対して? もしかして銀閃? ああ、それとも、」

す、と耳元に顔を寄せられ、掛かる吐息に和毛が逆立った。
鼓膜を震わす甘い声音は微量の毒を注ぎ込む。

「本当に知られたくないのは、花白、かな……?」
「っ、」

相手の身体を突き飛ばし、笑んだ緋色をきつく睨んだ。
喉の奥からくつくつと、肩を震わす笑い声。
楽しげに、悲しげに、泣きそうな目を笑みに歪めて。





「月白、そこで何をしている?」

不意に割入る新たな声に、はっと呼吸を飲み込んだ。
緩やかに振り返る救世主。
その肩越しに佇む相手は俺と良く似た容姿の男。
ほんの僅かに目をみはり、苦いものを滲ませる。

「別に何もしてないよ」

ただ話してただけだから。
そうだよね? と同意を求められ、緩慢な動作で頷きを返した。
信じたわけではないのだろうに、彼は何も言わないでいる。

気付いていないはずはない。気付かずにいる訳がない。
幼馴染の目に付く場所をわざわざ選んでいるのだから。
見られても構わないとでも言うように。





「じゃあまたね、タイチョー」
「……ああ」

ひらりと振られる白い手のひら。
遠ざかっていく二つの足音。
唇に残る感触を手の甲に押し付け強く拭った。
ひりつく痛みに舌打ちひとつ、拳を固めて壁を打つ。










拒めば良いと知りながら、出来ぬ自分の弱さを呪った。











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