なんて顔をしているんだろう。
泣いているのか怒っているのか判別のつかない幼馴染に笑い掛けようと開いた唇。
言葉の代わりに溢れ出たのは気管を塞ぐ熱の塊。
吐き出した先の地べたには、べったりと赤い花が咲いた。
─赤に抱かれる─
しくじったな、とは思ったんだ。
はっと気付いたら囲まれていて、避けようもない一撃を喰らって。
ああでもそいつはちゃんと斬ったよ。やられっぱなしは癪だから。
今回はちょっと傷が深かっただけで、こんなの放っておいてもすぐに治る。
そう言って、安心させてやりたかった。
無茶をするな馬鹿者がって、叱って貰いたかった。
なのに、なんで?
「……な、んで……そんな顔、してんの……?」
「っ馬鹿、喋るな!」
あ、馬鹿って言った。
いつも通りの口調だったら、ちょっとは安心できたのに。
頬に浅く走った傷から、ぽっつりと赤い雫が落ちる。
俺の頬にぶつかって、ゆっくりゆっくり流れて、流れて。
「ねえ、泣いてるの?」
「泣いてなどいない」
「うそ、ないてる」
相手の頬に触れようと剣を持たぬ左腕を伸ばした。
ああ震えてる、みっともない。
俺の手のひらは何故か血塗れで、銀閃の頬にも赤が移った。
べったりとついた赤が滲んで、ぽつりぽつりと落ちてくる。
やっぱり泣いているんじゃないか。
涙で赤が溶かされて、そこだけ肌が覗いて見えた。
ねえ、大丈夫だよ。
俺が死んでも世界は続くから。
戦は終わらないかもしれないけれど季節はちゃんと巡るから。
だから、ねえ、泣かないでよ。
途切れ途切れに紡いで出して、けれど銀閃は首を振る。
泣いてなどいない、見間違いだ、気のせいだ。
何度も何度も、そう言って。
俺の腹に押し当てた手に、力を込めて。塞ごうと、して。
「も、いいよ」
「良くなどない!」
「だっ、て……しぬでしょ、おれ」
ああ、そんな顔をしないでよ。
まるで俺が酷いことを言って虐めてるみたいに見えるじゃないか。
ただでさえ泣いてるのに、これじゃあ俺が悪い奴みたいだよ。
ねえ、わかるんだ。だって身体が動かないもの。
落ちてしまった左腕をもう一度持ち上げることは出来ないし、指先を動かすことも叶わない。
辛うじて動く唇からも、意味持つ音を吐き出せるかどうか。
咳き込んだ弾みに血を吐いた。
徐々に広がる血溜まりが俺の目にも映り込む。
こんなに流れ出てしまっているのに死なないなんて意外としぶといなぁ俺。
新発見だ、なんて思っていたら、急に視界が暗くなった。
「銀、閃」
抱き締めてくれる腕が、肩口で繰り返される呼吸が、可笑しいくらいに震えてる。
いっつも凛と立っていたのに、何でこんなことで崩れるんだよ。
ちょっとがっかりしちゃうじゃないか。
恨みがましく言ってやりたくても、ああ、もう声も出ないみたい。
「ぎん、」
「っなんだ」
「……すきだよ……」
ずっと前から、小さい頃から、ずっとずっと、好きだよ。
何も見えない目が閉じる。
吐息も紡げぬ唇は、薄く無様に開かれたまま。
抱き締められてる感覚さえも、いつの間にか解らなくなって。
けれど音の遠ざかる耳だけは最後の最後まで働いてくれた。
酷く聞き取り辛いけれど、大好きな声を、大切な言葉を。
俺もだ、なんて。
そんな嬉しい言霊を、ちゃんと伝えてくれたんだよ。
一覧
| 目録
| 戻